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渡部昇一氏が第一志望校に行けなくなってしまった理由

上智大学名誉教授である渡部昇一氏は、上智大学の卒業生でもあるのだが、本来の第一志望は東京高等師範学校(後の東京教育大学で、現在の筑波大学)であった。

といっても、受験に失敗したということではない。その年に限って私立と国公立の試験時期にずれがあったため、まずはいわゆる「腰掛け」として上智大学に入学し、2カ月後に本命の入学試験を受けるつもりでいたのである。

ところが、最初の時間からかなり程度が高くて、「ああ、これが大学というものか」と、ほんとに大学に入っているような感じがした。それから、ライエル先生は日本語を使わないので、全部英語で説明するのですが、何もわからない。しかし、一生懸命やりました。

また日本人の先生も、教科書がないからといって、初めは「リーダーズ・ダイジェスト」、その次がブランデンの東大講義ですよ。イギリスの文化使節として来たエドマンド・ブランデンが、東大で大学の先生たちを集めて行った講演集が、大学一年生の教科書になった。えらく高級なことをやるな、と思ったけれども、ぼくの猛烈な知識欲は完全に満たされて、もう第一志望に行かないと決めちゃったわけです。

この話はかなり前から馴染みだったのだが、最近になって、聖ピオ十世会のミサに初めて行ったときの感覚に似ていることに気が付いた。

あのときはトリエント典礼についてほとんど無知で、ラテン語の基本的な応答さえ出来ず戸惑うばかりだった。それでも、修道服を着た司祭や、グレゴリオ聖歌を歌う信徒ら、カソックを着て奉仕する侍者などに、「ああ、これが本来のカトリックというものか」と圧倒され、約半年後にはもうノヴスオルド・ミサには与らないと決めたのである。

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