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ポール・ポッツを聴く日々

このたび、ポール・ポッツ Paul Potts というイギリス人のテノール歌手が来日して、今日明日とコンサートを行う予定だ。彼の経歴についてはテレビでも紹介されたし、ネットでもあちこちで書かれていることだから省略するが、とてもいい話なので知らない人はどこかで仕入れておくことをお勧めする。

さて、そのデビューアルバムの「ワン・チャンス」を最近購入して、この数日繰り返し聴いている。この日記を書いている今も聴いているほどである。

普通のテノールは高音で歌うサビが聴かせどころなのだが、ポール・ポッツの場合、そこに至るまでの比較的静かな部分の歌唱も捨てがたい。特に、マイ・ウェイ My Way などはこんな歌い方があったのかと感心した。このCDは、もうしばらくCDラジカセに入ったままであろう。

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国民大集会に行くだけ行ってきた2

日比谷公会堂に着いたとき、すぐには中に入らなかった。その場にいた知り合いと立ち話をしながら、少し様子見をしていたのである。すると、スタッフが入場整理券を配っているのを目撃した。

確かに整理券があれば、行列に拘束されず、開場までの時間を思い思いに過ごすことができるだろう。時間になったらまた戻ってきて、整列入場すればよい。かつて何十分も並んでようやく入場できたときのことを思うと、いくらか進歩したと言えよう。

だが、そのときは、既に開場した後である。したがって順番を守るために並ぶ必要もなく、来た人はどんどん中へ案内してよい状態だったのだ。

ほどなく、別のスタッフがその無意味さに気が付き止めさせたのだが、放っておいたらいつまでやっていただろうか。少し気になるところではある。

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国民大集会に行くだけ行ってきた

最近、救う会・家族会主催の国民大集会は、その名に相応しくないほど集客が落ち込んでいた。今年もまた前年を大幅に下回るのではないかと危惧したが、家族会が前日に署名活動を行ったことが宣伝となったのか、いくらか持ち直したように見えた。

とりあえずの興味は、明日の新聞各社がこれをどのように取り上げるかである。昨年は朝日新聞の記事がもっとも小さく、さんざんに叩かれたのだが、今年はいくらか反省が見られるであろうか。

ノックの聖母は美人だった

カトリックの店を訪れると、いろいろな商品の中に必ず聖母像がある。一般的に、大きいほど顔かたちが良く、小さいほど雑になる。それは価格に比例するので、手頃な値段で気に入ったものを手に入れるのはなかなか難しい。

そのような事情の中で、唯一持っている聖母像は、アイルランドの巡礼地ノックで買ったものである。小さくても顔立ちが整っていたので、すぐその場で購入することを決めた。ただし、どのサイズにするか絞りきれず、しばらく悩んでいたけれども。

先日、それと同種類のものを東京・四谷のサンパウロで見かけた。売り切れていなければ、まだ見ることができるだろう。

国民大集会よりも大切なことがある

今月27日に東京・日比谷公会堂で、北朝鮮への追加制裁を求める国民大集会が行われる。半年間の制裁延長が閣議決定したばかりではあるが、更に強力な制裁を求めていきたい。

だが、どちらかと言えば私の関心は、その前日の家族会による署名活動にある。集会は集会でそれ自体の役割もあるが、今は街頭でこの問題を訴えて、支持を拡げていくことが何より必要だ。

私もこの署名活動に参加するつもりでいたのだが、当日は拉致問題を考える川口の会のミーティングが重なってしまい抜けられない。この日記を読んだ人のうち、誰か1人でも行ってもらえたらと思っている。詳細については知らないが、予定として決まっているということは、家族会の1人から直接聞いているので、そのうち判るだろう。

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教会に何を求めるか

「あなたは神の教会に何を求めますか」

これは、洗礼の秘蹟を受けてカトリック教会の信徒となる際に、教会(司祭)から訊かれる質問である。ただ、何を答えてもいいというわけではない。答えは決まっている。「信仰を求めます」である。さらに質問は続く。

「信仰によって何が与えられますか」

ここでもやはり、決まった応答をしなければならない。それは、「永遠の命が与えられます」である。果たして両方とも答えることができたであろうか。

これを忘れてしまった信徒がいるであろうことは想像に難くない。また、幼児洗礼であったり、最近では別の問答が使われたりして、覚えのない信徒もいるだろう。

しかし、公教会が洗礼式の初めにこの問答を設け、数限りなく行わせたという事実は、重く受け止めなくてはならない。カトリック信徒は、永遠の命のために信仰を求めていることを、常に思い起こすべきである。

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