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御聖体の祝日に思い残したこと2

YouTube には、聖ピオ十世会の司祭によるトリエント・ミサのビデオだけでもかなりの数が投稿されている。

あるとき、ミサ聖祭中に御聖体に対する敬意がどのように示されているのかを見せたいと思って、そのうちの1つを紹介するコメントを小野田神父様のブログに書き込んだことがある。

御聖体の祝日(もう過ぎたけれど)にちなみ、今度はこの日記で紹介したいと思い、動画のURLを確認するため、コメントを書き込んだページを探し当てた。

そのとき、その記事本体の方も読み直してみたのだが、むしろそのページを紹介した方がいいのではないか、という気になった。という訳で、手による聖体拝領は、ふさわしいやり方なのか?を参照してもらいたい。

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御聖体の祝日に思い残したこと

今年の3月から4月にかけて、といっても毎年恒例ではあるが、卒業式や入学式での国歌斉唱のときに起立しない教員や生徒がいたことが話題になった。

この問題に、日本国民として国旗・国歌に対して相応しい態度を取るべき、との声が方々から聞こえた。声を上げた中にはカトリック信徒もいたことだろう。私も日記としては何も残していないが、そのうちの一人である。

ただ、同時に思うことがある。御聖体のうちにまことにましますイエズスは、国旗・国歌よりも遙かに敬意を示すべき御方であるが、果たしてカトリック信徒は相応しい態度を取っているだろうか。例えば、聖変化や拝領のときなど、跪くべきときに跪いているのだろうか。

この問いに堂々とイエスと答えられる信徒が少ないことは承知している。現在、あちこちの教会で、御聖櫃は中央から脇の方に追いやられ、ともすると聖堂の外に追い出され、聖堂から跪き台が撤去され、手による(立ったままの)拝領が推奨されているからである。

しかし、来年の春までには、国歌斉唱に不起立だった教員やその処分について憂いなく意見できるよう、御聖体に対する自分の態度をもう一度見直したいものである。

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御聖体の祝日に思うこと

御聖体の祝日ということで Panis Angelicus が聴きたくなったので、またCDを引っぱり出してきた。

歌詞の意味も今一度確かめたいと思ったが、ポール・ポッツの「ワン・チャンス」の日本語版のライナーに掲載されている Panis Angelicus の和訳は、かなり変である。

もしやと思い、光明社の『カトリック聖歌集』を開いたら、嬉しいことに(音節を調整した日本語の歌詞ではなくて)和訳が載っていた。参考までに転載しよう。

天使のパンは人のパンとなった、
天のパンであって、旧約の前表を全うした。
ああ、感嘆すべきことよ、
貧しいもの、しもべ、および卑しい者が主を食しまつるとは。

かくも有り難いキリストの御体を、新しいミサに与っていた頃は、ジーンズ姿で、しかも立ったまま、ときには手で受け取っていたわけである。今にして思うと、とんでもないことをしていたものだと思う。

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論無き日記に反論は可能か

前回のエントリー(カストゥリョン・ホヨス枢機卿は繰り返す)に対して、あの Angelic Feline 氏からコメントが届いた。自分のブログで反論なるものを書いたようである。

いろいろやることがあったので放っておいたら、たった1日半で「はよレスせんか(ママ)」と催促があった。その当人は、私の質問に17日半も経ってから答えたことがあるのだが、そういうことは何とも思わないのであろうか。

そもそも、既にこちらは理由を挙げて「相手にしない」と宣言しているのだから、この理由がどうにかならない限り相手にするわけがない。宣言してからも5度に渡ってコメントが来たが、相手にせず全部削除した。それっきりになったので、「相手にしない」の意味を理解したのだろうと思っていたのだが、どうもそうではなかったらしい。

さて、反論と言われても、もとよりあのエントリーで何かを論じたつもりはない。私はカストゥリョン・ホヨス枢機卿の発言をただ紹介して、それと異なる意見を持つ人たちがどう向き合うのかに興味を示しただけである。

別にあちらを訪問する気もないので何に対してどう反論したか知らないが、かなり無理なことをしているのではないかと想像する。

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A FOX URL (05/20 22:28) 編集・削除

コンバンワ!

A FOXです。

>「はよレスせんか(ママ)」と催促があった

見ず知らずの他人にこのようなコメントされれば、引きます。
相手にしないのが普通の反応です。
どうリアクションしたらよいのか、フリーズしてしまいます。


普通仕事をしている人間であれば、回答に時間がかかるのは常識です。
たとえば、具合が悪くてコメントできない場合もあります。
パソコンが具合が悪いこともあります。
管理さんの自由ですから、時間かかっても無視してもいいわけです。

カストゥリョン・ホヨス枢機卿は繰り返す

最近、エクレジア・デイ委員会のカストゥリョン・ホヨス枢機卿が、イタリアのとあるカトリック雑誌のインタビューに応じ、その中で聖ピオ十世会について本当の離教ではないと話した。今回だけでなく、枢機卿は4年前から少なくとも5回は同趣旨の発言を繰り返している。嘘だと思うなら調べてみたらいい。

現在、私の「弁明」が、怠りと(mea culpa!)、あといくつかの事情により進んでいない段階なので、枢機卿が正しいか否かについてここで踏み込むことはしない。しかし、聖ピオ十世会が離教状態にあると言い張る人たちのことを考えてみることはできるだろう。

カストゥリョン枢機卿の発言を受けて自説を修正するのか、逆に枢機卿が間違っていると公言するのか、はたまたどちらも正しいという難易度の高い説明を試みるのか、いずれの反応でも私には興味深い。

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から騒ぎ

今朝の読売新聞が、横田滋・早紀江夫妻と孫のヘギョンちゃんとを韓国で面会をさせようという動きがあると報じたが、あっという間に否定された。多分に誤報だろう。

例え現実にそのような話があったとしても、乗る価値は全くない。もしも面会がセッティングされたならば、北朝鮮はこの機会を捉えて、横田めぐみさんが死んだと伝える使命をヘギョンちゃんに負わせるはずだからである。

related page(s) 北朝鮮拉致問題

Panis Angelicus の聴き比べ

Panis Angelicus というラテン語聖歌がある。ミサ聖祭の聖体拝領のときに歌われることがあるのだが、私はアイルランドの歌手ジョン・マコーマックの A Christian Celebration というCDで初めて聴いた。

ラテン語ゆえ歌詞の意味は分からなかったが、その歌唱だけでなく伴奏も素晴らしく、とても気に入って何度も繰り返し聴いたものである。後に意味を把握してからは更にのめり込み、ついにはそらで歌えるまでになった。別に人前で披露する機会はないのだけれども。

さて、先日紹介したポール・ポッツのデビューCD「ワン・チャンス」にも、この Panis Angelicus が収録されている。そうすると当然、両者の歌唱を比較したくなるというもの。ちなみに、両者のデビューは丁度100年違いであるが、何かの因縁であろうか。

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A FOX URL (05/11 23:55) 編集・削除

コンバンワ!

A FOX です。
今日は、自称ミュージシャン(???)として書き込みさせていただきます。
Panis Angelicusに関しては、ジョンマコーマックの方がいいですね。
聖歌はダイナミックに力強く歌われる歌が多いと思いますがどうでしょうか?
しかし、歌唱力だけの問題でもなさそうです。
管理人さんはその辺十分お分かりのようですから(笑)くどくど書きません。

ポールポッツの場合
現代の音響システムにも恵まれていますのでその辺を考慮して聞いてみましたが・・・
Por Ti Sere ((Italian Version of 'You Raise Me Up'))
A Mi Manera ((Spanish Version of 'My Way'))
などの、ポップス風の曲の方がGOODです。
ちょっぴり素人を感じさせる歌声はむしろこちらのほうが、似合います。

ポールポッツはまだちょっぴり素人感がありますが、これからが楽しみです。
私個人的には、 Nella Fantasia がお気に入りです。