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九段下にて

今日、靖国神社の前でビラ配りをしている男性がいた。拉致問題の集会でもよく顔を見かける人である。現在遊就館で上映している映画「南京の真実」を宣伝していたのだ。

ビラの一枚でも受け取り、「お疲れさまです」の一言でもかけて通りすぎようとしたが、私がつけていたブルーリボンバッジを認めて話しかけてきたので、ほんの少し立ち話をすることになった。私が拉致問題を考える川口の会で活動する者であると告げると、大変喜ばれた。

そして、友人用にとさらに数部のビラを渡され、握手をして別れた。少しくらい手伝ってあげれば良かったか、と思ったのは、しばらく歩いた後のことであった。ボランティア活動をしている身でありながら、気付くのが遅かったことを反省している。

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聖母被昇天の祝日と終戦記念日

昨日は聖母被昇天の祝日だったので、午前中はそのミサに与った。同時に終戦記念日でもあったから、午後からは靖国神社に向かっても良かった。だが、ミサ聖祭という、死者の霊魂にとっては最高のものが捧げられたことを考えると、無理して何かを加える必要を感じなかったので、結局行かずじまいだった。

一方で、この日に靖国神社に行くカトリック信徒の集まりがあるのは知っていた。集合時間から察するに、聖母被昇天のミサに与った後に参加することは考慮されていないらしい。もっとも、考慮されていたところで合流することはなかったろう。

というのも、カトリック信徒が他宗教の礼拝所に参拝を主たる目的として集まるというのは、どうしても賛同できないからである。個人的には、遊就館などを見学するついでに、というのがギリギリのラインではないかとは思うが、それとて、私をカトリック信徒と知る人の前で行えば、大なり小なり誤解を招く危険があり、安全だとは言えないだろう。

例え都合により前後の主日で祝うとしても、聖母被昇天の祝日は祝日として大切にすべきである。例え日本人として靖国神社に愛着があったとしても、カトリック信徒としてのけじめはつけるべきである。靖国神社へ行くな、参拝をするな、ではないが、どうもバランスを失っているように思われてならない。

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マルガリータ Eメール (08/17 12:54) 編集・削除

聖母の被昇天のミサは、早朝や夕方のところもあるから、発起人さんはミサに行かれたようです。
カトリックでは参拝は有り得ないことで、「表敬訪問し祈念する」と言うのではないでしょうか。社会一般と同じ「参拝」という言葉を使うことに抵抗があるし、誤解もされると思います。俗に「追悼ミサ」と言いますが、正式には慰霊や追悼ではなく、「祈念ミサ」と呼ぶことだし。
うちの教会では聖フランシスコの「平和の祈り」を皆でミサの後、唱えました。

管理人 (08/17 16:04) 編集・削除

何かご心配をされたようですが、私は何も誤解していないと思います。「参拝」も当人が使われた言葉です。

新しい祈祷書があったとは知らなかった

私が祈るとき、その言葉はラテン語のときもあれば英語のときもある。もちろん日本語でも祈るが、そのときは、通常「公教会祈祷文」にある通りに祈っている。そのため、新しい口語の祈りは殆ど覚えていない。

ところが最近、部屋の片づけをしていたら、「カトリック祈祷書」という小型の本が出てきた。実のところ、これには少し驚いた。というのも、この本を見たのが久しぶりというだけでなく、持っていることすら忘れていたからである。それでもページをめくってみてやっと、一時期使っていたことがあるのを思い出した。

すると当然のことながら、新旧の祈りを比較してみたくなった。そうしていくつかの祈りに目を通したのだが、こう結論せざるを得なかった。とてもではないが、このような祈りはできない。これでは祈った気がしない。

文語の祈りを口語に書き換えた、というのならまだいい。しかし、祈りの内容は新たに書き直されており、古い祈りにあったいくつかの要素は完全に欠落してしまっている。当たり障りは無いが、とても印象が薄く、「言語明瞭意味不明」とはこのことかと思うほどである。

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祈れぬ夜のために2

以前、祈れぬ夜のためにと題して、『聖ヴィアンネの精神』という本を紹介したことがあった。そのときの繰り返しになるが、スランプに陥ったと思ったら、是非読んでみて欲しい。

さて、今回は何かと言えば、ロザリオである。厳密には祈れない訳ではないのだが、もう少し深くと言おうか、敬虔にと言おうか、良い祈りはできないものか、と思い始めた。その目的のためには、聖人達が書いた聖母信心についての本を読むのがいいかも知れない。実際、そういった本も、読み終えてはいないが手元にある。

しかし、ロザリオの各連に続けてファティマの祈りを唱えていることを考えると、やはりファティマの牧童についての本を読む方がいいのではないだろうか。聖母の望みを今一度確認することや、霊魂の救いを深く願う牧童たちの姿を知ることで、いくらかでも祈りに対する熱心さを取り戻すことが出来るだろう。

藤田進さんが忘れられてしまわないように

日本人拉致被害者が写っていると思われる写真が北朝鮮から流れ、特定失踪者の藤田進さんと同一人物である可能性が高いと鑑定された、と特定失踪者調査会が発表してから、今日で丸4年になる。

ご存じの通り、その後何の進展もなく、世間の人々からも忘れ去られているように思える。「あの写真の人」を思い出してもらうためにも、署名活動における演出を考え直さなければいけないだろう。しかし、明日の活動には到底間に合わないのが心苦しい。

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マルガリータ Eメール (08/14 09:25) 編集・削除

私の後輩も、特定失踪者に入っていますが、拉致されたのはかなり濃厚です。これほど騒がれている拉致被害者も切り捨てられようとしている中で、特定失踪者は・・・
歯がゆい、情けない限りです。ことあるごとに、官邸に意見メールを入れているのですが。

管理人 (08/14 23:32) 編集・削除

はじめまして。書き込みありがとうございます。

それぞれの特定失踪者の真実を明らかにするためには、北朝鮮側に全てを白状させる以外にないわけですが、その方向に進む気配が全くありません。本当に苦しい戦いだと感じています。