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正平協問題の根本はどこにあるのか

日本カトリック正義と平和協議会(正平協)といえば、あまり好い評判を聞かない団体である。その活動に熱心な司教・司祭たちは本来の司祭職のあり方から逸脱している、と考える人は多いだろう。私もそう思っている。

だが、もしも、彼らは神学校で学んだ司祭職から逸れてしまったのだ、と考えているのならば、私の見解とは異なる。私に言わせれば、彼らは教わった司祭職を叙階後も忠実に実践している。ただ、その司祭職が本来のものから変質している、というところに問題がある。

私はそれを大雑把に、「公会議後の司祭職」「新しいミサの司祭職」と呼んでいるのだが、私の説明などよりも、小野田神父様のブログから第二ヴァチカン公会議の「洗礼の秘跡による信徒の祭司職」についてを読んでもらうのがいいだろう。それにしても、これが丁度2年前の記事というのは何かの偶然であろうか。

あの時、声を挙げていれば・・・

最近、第ニ次世界大戦中の教皇であったピウス12世のことを、ユダヤ教のラビが暗に非難したことが話題になった。その御名をアドレスに頂いている拙日記としては、少なからず気になるところである。

もちろん、ユダヤ人迫害の主たる責任、あるいは全責任は、その主体であったナチスに帰するものである。ここは確認しておかなければならない。しかし、ピウス12世がナチスを公に批判していれば迫害の規模が違ったもになったのでは、と思う気持ちは分からないでもない。

私もまた、カトリック信徒として、あの時声を挙げていれば、と残念に思うことがある。それは、第二ヴァティカン公会議(1962-1965)が共産主義を断罪しなかったことである。確かに、これが成されていたところで共産主義下のカトリック信徒がどれだけ助かったかは未知数だが、少なくとも教会内部で容共勢力の拡大を招くことはなかったはずである。

実のところ、公会議で共産主義を非難するよう働きかけた多くの司教たちがいた。何百もの嘆願署名も集められた。しかし、それは握りつぶされてしまったのである。この辺りの事情は小野田神父様が翻訳中のルフェーブル大司教の伝記(
聖ピオ十世会創立者の伝記 12.3.7.共産主義を排斥しなければならないという要求)に詳しい。この公会議をどのような傾向の聖職者たちが牛耳っていたのか、その一端が垣間見えるであろう。

トリエント典礼の荘厳司教ミサは実現するのか

カトリックアクション同志会主催の荘厳司教ミサは、明日11日に東京カテドラルで予定されている。興味がないので参加はしないが、今年もまた例年通りに行われることだろう。

しかしながら、自発教令「スンモールム・ポンティフィクム」が出されたことを知り、1年に1度のこの機会にトリエント・ミサを期待する信徒もいるに違いない。では、この荘厳司教ミサが、近い将来トリエント典礼で行われる可能性はあるのだろうか。

「ヴァチカンの道」をときどきもらって読んでいるだけの、部外者にすぎない私の予想を言わせてもらえば、残念だが少なくともあと5年は無いと思われる。

もちろん、一般的な困難(トリエント・ミサが日本の教会で広まらないのは何故か参照)はある。ただ、それ以上に、あのミサレットをトリエント典礼用に作り直すほどの意志と気力が、主催者側にあるとは感じられないのだ。

誤解の無いように付け加えておくと、私は近いうちにトリエント・ミサが行われ、予想が外れることを望んでいる。また、立派に使えるものを新たに作り直すのはどれだけ気乗りしないことであるか、十分理解しているつもりだ(チラシあれこれ参照)。

related page(s) トリエント・ミサ