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御聖体の祝日を過ぎて

今日は、lives of the saints というブログの、The Unknown Girl というエントリーを紹介したい。見ての通りのマンガではあるが、エピソードそのものは聞いたことがあるという人もいるだろう。

ずっと以前にこれを見たことがあって、再び見たいと思っていたのだが、最近になってブログで公開されたので嬉しく思っている。作品のストックが無いらしく、更新がいきなり止まっているのが惜しまれる。

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御聖体の祝日を迎えて

今日は御聖体の祝日である。本来なら御聖体について何か書いた方がよいのだが、既に昨年何度か書いており、最近も話題にしたので、まとめて紹介しておこうと思う。

御聖体の祝日に思うこと
御聖体の祝日に思い残したこと
御聖体の祝日に思い残したこと2
御聖体を跪いて口で受けたいと望む信徒に

related page(s) カトリック典礼

上には上がある

オーストラリアの聖十字架神学校を初めて訪問したときのことである。何日目だったか、スータンを着た白髪の男が私に近づいて、自己紹介をし、そして尋ねた。

「司祭にはならないの?」

私は司祭になろうとも、なりたいとも、なれるとも思ったことがない。神学校には来ているが、クリスマスと叙階式のためにゲストとして滞在しているだけである。そこは適当に言い逃れようとして、「もう歳だから」と答えた。これでことは済むはずだった。

しかし、その時、予期せぬリアクションが返ってきた。

「おいおい、そんなこと言ったら僕はどうなるんだい?」

年齢や風貌から考えて、私は彼のことをてっきり司祭だと思っていたが、実は違っていた。以前にも紹介したが、年齢制限を越えていながら特例で入学を認められた神学生(副助祭)だったのだ。齢は言い訳にはならなかったのである。

このエピソードは神学校の司祭たちに伝わり、今でもちょっとした笑い話として語り継がれているらしい。

related page(s) 聖ピオ十世会

ミサが違っても信仰は同じか

『毎日のミサ典書』でトリエント・ミサの通常文を見直していたら、「至聖なる所」という言葉が目に入った。そして、これは新しいミサとの違いを象徴する、数々のフレーズのうちの一つのように思われた。

トリエント・ミサでは、司祭はすぐに祭壇には向かわない。祭壇のずっと手前に立ち、侍者とともに階段祈祷を唱える。途中には告白の祈もある。その後で、次の言葉を(もちろんラテン語で)唱えながら祭壇に向かうのである。

主よ、願わくは、われらより罪を遠ざけ、清い心をもって、至聖なる所に入らせ給え。我らの主キリストによりて。アメン。

新しいミサのことは忘れつつあるが、ミサが始まるとき、司祭は入堂するといきなりテーブルへと向かったように記憶している。しかも、中央から外れた半端なところに置かれた聖櫃の前を素通りして。

これだけを見ても、トリエント・ミサを捧げる司祭と、新しいミサを捧げる司祭との間には、信仰の面で何らかの違いがありそうだ、という気がしないであろうか。

署名活動用の新しいチラシを仕上げる

今度の日曜日に拉致問題を考える川口の会の署名活動があるが、そのときに使うチラシを、とりあえず作り終えた。今後何度となく手を入れることになるだろうが、印刷して配れる程度には出来上がっている。これを拡大してパネルをつくっても、それなりに機能するはずである。

パネルで興味を持たせることができたならば、同内容のチラシを受け取らせることも容易である。そして、チラシを読むうちに、署名していこうかという気分になる人も少なくない。

ただ、多くの会員は、署名を数多く集めようとするあまり、やたらと署名板を手に取りたがる傾向がある。だがそれは、スーパーで言えばレジ係が増えるようなもので、それだけでは成果を上げることはできない。やはり何人かはパネルを取って、人を呼び込む役割に徹した方がいい。そんなことを打ち合わせのときに言っておきたいと思う。

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天安門事件とメールマガジン2

昨日推薦したメールマガジンについて、天安門事件に抗議するデモと集会の報告が「今日明日のうちに何か配信されるだろう」と書いた。だが、この件について言及した記事が未だに届かない。これからも無いかも知れない。

予想が大いに外れてしまったことはお詫びする。ただ、2誌ともに私が長く購読しているものであり、この分野に興味のある人を十分に満足させるだけの内容があると思うので、可能ならば購読の継続をお願いしたい。

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天安門事件とメールマガジン

天安門事件からちょうど20年となる。今日は中国政府に抗議するデモや集会が都内で行われたはずだが、日本のマスコミが大きく取り上げるようには思えないので、後ほどインターネットでその様子を知ろうと思う。

興味はあるがどこを探せばよいか分からないという人には、メールマガジン「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」「台湾の声」とを登録しておくことをお奨めする。今日明日のうちに何か配信されるだろう。

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クリストファー・フェラーラ氏が秋田巡礼について触れる

先月秋田に巡礼したクリストファー・フェラーラ氏が帰国後に何を書くか、それがいつ公になるか気になっていたのだが、もう既にインターネットで読めることを知った。

それは A Reversal of the Party Line! というもので、教皇ベネディクト16世がファティマのメッセージを今後どのように取り扱うのかについて、ある予感を抱かせる記事である。ちなみに、みこころねっとでは翻訳(党路線の撤回!)を読むことができる。

読むと判るのだが、私が勝手に期待していた「秋田巡礼紀」ではなかった。しかし、記事は確かに秋田の巡礼のことに触れており、その点では嬉しく思っている。

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