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鳩山総理が「いのちを守りたい」と連呼してはいるが

2年前のアメリカ大統領選の頃、伝統派カトリックのフォーラム式掲示板では、毎日毎日中絶に関するトピックが立ち上がり、賛成派のオバマを支持しないよう呼びかけていた。それは中絶への賛否が唯一の争点かと思われるほどであった。

そういったプロライフ運動の様子を見ていたら、鳩山総理が施政方針演説で掲げた「いのちを守りたい」というスローガンも何だか虚しい。年間3万人と言われる自殺者のことは一応念頭にあるようだが、年間20万以上の胎児が命を奪われていることに関心はなさそうである。

ちなみに、民主党は10年前に避妊、不妊手術および人工妊娠中絶に関して規定し、性と生殖に関する健康を守る教育に関する法律(案)なるものを作成している。吐き気がするとまでは言わないが、胎児の命を全く顧みない気味の悪い文書だ。

related page(s) プロライフ運動

誰が堂々としているのか

教皇ベネディクト16世により聖ピオ十世会の4人の司教に対する破門宣告が無効とされてから、もうすぐ1年になる。

今となってはそれほど力を入れる必要はなくなったが、かつて小野田神父様は、ルフェーブル大司教と4名の司教が教会法上破門に値しなかったことを訴えるために、多くの文書を翻訳・紹介し、自らも何度も記事を書いては公表してきたものである。私も微力ながら破門宣告が不当であることを何度か訴えた。

そんなある日、「破門でもいいではないか、なぜ小野田神父様のように堂々としないのか」と私に噛みついてきた人がいた。

普通に考えて、カトリックのどんな司祭やどんな信徒にとっても、「破門でもいい」などということはない。それが単なるレッテルであったとしてもだ。

また、「堂々とし」ていることが、破門と言われても口答えしないことを意味するならば、現実の小野田神父様には全く当てはまらない。先に挙げた数々の努力を知る者にとっては明々白々である。果たしてどのようにして「堂々」たるイメージを作り上げたのかは、今でも謎だ。

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ヨゼフ・ジェンマ Eメール URL (01/27 01:06) 編集・削除

質問があります。

1. 「『破門でもいいではないか、なぜ小野田神父様のように堂々としないのか』と私に噛みついてきた人」とは私のことだと思いますが、そうでしょうか。

2. 相手を匿名化した上で批判を加えるという行為、しかしそれを読んだ本人には容易に「これは私のことだ」と分かるだろう形でのそのような批判行為は・・・やってて気持ちがいいですか?

管理人 (01/27 23:48) 編集・削除

1. いいえ。
2. 別に。

ヨゼフ・ジェンマ Eメール URL (01/28 23:44) 編集・削除

ご回答ありがとうございました。
あなたは小さな嘘さえつかないだろうから、
私の勘違い、早とちりだったのでしょう。
失礼しました。お赦しを。

部外者 (01/29 23:48) 編集・削除

まったくの部外者なんで無視されても罵倒されても結構ですが、誰でも閲覧できるブログに書かれているんで・・・・。

今回含めて、これまでの貴方の人へのレスを閲覧しましたが、冷たいというか、なんとも礼節のかけらもないというか、コミュニケーション能力の低さ(失礼)というか、傲慢に思えますな。

カトリックカトリック言っている割には貴方のレスや文章からアガペーを感じるのは難しい。

愛想笑いしろとは言わないが、もう少しレスを読んだ相手がどう感じるかを熟慮された方がよいかと・・・。

管理人 (01/30 06:43) 編集・削除

ヨゼフ・ジェンマ氏に対しては、いろいろ言い返したいことがあるのを極力抑えた結果があの返事になりました。不快感は隠しておりませんが、言葉を慎んでいるのも確かです(部外者さんと違って)。

このようなスタイルでも、「大分我慢しているね」と、私の心情が読み取れる方々もいるのですが、あなたがそのうちの一人でないのは残念です。

ルフェーブル大司教の映画製作に協力を

現在、聖ピオ十世会では、ルフェーブル大司教のドキュメンタリー映画を製作するというプロジェクトが進行中である(MONSEIGNEUR LEFEBVRE, UN ÉVÊQUE POUR L'ÉGLISE および Archbishop Marcel Lefebvre – A Bishop for the Church)。

もう既にフランス語版の予告編は出来ていて視聴することができる。しかし、英語字幕版はまだである。今月末にも公開されるらしいので、楽しみに待つことにしよう。

このプロジェクトは制作費がかかるので、寄付金を募っている。PayPal のアカウントがなくとも、クレジットカードがあれば送金可能だ。今週末にも小野田神父様のミサがあるので、そのときに預けてもよいだろう。

カトリック教会の伝統的な洗礼式を動画で観る

先月東京で、聖ピオ十世会の主日のミサの前に、1人の求道者がめでたく洗礼の秘蹟を受け、神の教会に迎えられた。その後、クリスマスと年末年始のあわただしさに、半ば忘れかけていたのだが、また最近になって思い出したことがきっかけで、伝統的な洗礼式の動画を探してみた。

すると、アメリカの聖ピオ十世会の教会で幼児洗礼の一部始終を撮影した動画(Traditional Catholic Baptism)が見つかった。式次第に従って淡々と進めるのではなく、司祭がいろいろと解説を加えているので、ちょっとした要理教室のようですらある。

また、周辺にいるこどもの数がやたら多いのも見どころだ。このビデオを観れば、カトリック信仰が生きている教会は栄えるということを実感できることだろう。

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聖ピオ十世会がカトリック教会から独立?

もう気が付いている人もいるかと思うが、聖ピオ十世会のカテゴリを独立して、聖十字架神学校のサブカテゴリを新たに加えた。このためにログファイルをいじるなどの少し危険な作業をしたが、上手くいった模様である。

本来ならこれまで通りカトリック教会のカテゴリの下にあるべきなのだが、この日記の分類は親と子の2階層だけで「孫」は作ることができない。そこで分けてみたところ、その方が見やすく分かりやすいので、これで行くことにした。

海外旅行のガイドブックにイギリス編とロンドン編とがあるようなもの、と言えば大多数の人は理解してくれるものと思う。

しかし、何と言っても世の中は広いので、この処置を以て「カトリックではないことを認めた!」と狂喜乱舞して言い触らす愚か者が、1人くらいはいそうな気がしてならない。

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レバ刺 (01/17 22:19) 編集・削除

>しかし、何と言っても世の中は広いので、この処置を以て「カトリックではないことを認めた!」と狂喜乱舞して言い触らす愚か者が、1人くらいはいそうな気がしてならない。

そういう人とは見解もIQも永久に平行線でしょうから、雑音は気にせず威風堂々おやりになるのが一番でしょう。

この辱めをどうしてくれる

コンビニエンスストアーのコピー機はたまに利用する程度なのだが、何度かに一度は用紙切れや用紙詰まりの憂き目に遭っている気がする。気がするだけで正確なところは分からないが、自分の実感としてはそれくらいの頻度である。

自分でやってよければ、紙詰まりが起きにくいように用紙をきちんと捌いてから補充できるし、コピー機のしかるべきところを開けて詰まった紙を取り除くこともできる。

とはいえ、客の分際で勝手にいじくるわけにもいかないので、店のスタッフにお願いして対処してもらうのが普通だ。

しかし、あれはまるで、機械音痴の客が勝手知ったる店員に助けられている、という図である。ほんの短い時間だけれども、いつも戸惑いを感じている。

迷惑メールが撃退できるかも知れない方法

昨年末から、迷惑メール(スパムメールとも)が次から次へと舞い込んできた。知らない間に登録したことにされているのだ。

メールには登録解除用のURLの記載も一応あるにはある。といっても、本当には解除できないか、例え解除できたとしても、「生きた」アドレスとして認識され、また別の迷惑メールを呼び込んでしまう可能性がある。

送り主のアドレスは複数あってそれぞれの内容も違うのだが、調べてみたところ全てが同じサーバーから送られてきていることが判った。ここでフィルターをかけて排除することはもちろん可能である。

しかし、今回は試しに別の方法を採ることにした。メールは全て受信して、迷惑メールに対処する複数の団体の受付アドレスへとその都度転送し続けたのだ。すると、あのしつこかったメールが全く来なくなった。

数えてみると、転送したメールの総数は40を超えていた。努力が実ったのかどうかは知りようがないが、その可能性だって全く無いとは言えないだろう。

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トリエント典礼による聖家族の祝日のミサ聖祭を動画で

今日は御公現後第1主日、聖家族の祝日である。といっても、それは旧典礼暦での話で、新しい典礼暦では「主の洗礼」を祝うようだ。

確かに、聖家族の祝日はレオ13世教皇によって定められた比較的新しいものである。しかし、受洗の記念(13日)と重なった場合でも優先して祝うことになっていたこの祝日が、今や御降誕の後に移動させられているのは、理解に苦しむところである。

それはさておき、アメリカの聖ピオ十世会の教会で行われた、聖家族の祝日を祝うトリエント・ミサの動画が公開されているので、主日のミサから帰ったときにでも観ておくとよいだろう。

なお、羅英対訳でよければ、このミサの固有文は Una Voce Orange County のサイトからダウンロードできる。Propers for the Feast of the Holy Family のページから、好きな形式のものを選ぶといい。

典礼暦をもっと学ぼう

最近、1962年版ミサ典書に基づく典礼暦についての質問をメールで受けた。そういうことに詳しいと思われたのだろう。また、自分でも、それなりの知識はあるつもりだった。

だが、それもある程度までで、細かいことには無頓着だったのも事実である。例えば、イレギュラーに思える祝日の取り扱いについても、何かのルールが適用されているのだろうと思うだけで、とことん調べようとはしなかった。そのような実状だったので、即答はできなかった。

そういう訳で、ミサ典書3冊、典礼聖歌集2冊、聖務日課1冊を総動員し、インターネットも利用して調べてみた。だが、あちらが立てばこちらが立たずで、どうも説明がつかない。結局不十分な回答しかできなかったのが残念だ。

カトリックの一般信徒として、典礼暦についてどの程度まで知っておく必要があるのか、という問題はあるけれども、何年かのうちに何十時間かは勉強しておいてもいいだろうと感じた。

インド人司祭からのメール

昨年末、聖ピオ十世会のある司祭に、叙階1周年をお祝いするメールを送っておいたら、今日になって返事が届いた。

彼は逃げたインド人神学生たちの末路という記事中にある、聖十字架神学校でめでたく叙階された方のインド人司祭である。

現在フィリピンに常駐しているとのことなので、いつ再会できるか分からないが、できるならいつの日か日本を訪問してミサを捧げてもらいたいものである。

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一年の計は足し算だけでなく引き算も

新年が始まった。この機会に何かを始めようという人も少なからずいるだろう。私も例外ではなく、いくつか計画しているものがある。

だが、自分が使える金も時間も、肝心の実行力も、昨年とそれほど違いがあるはずはない。背水の陣というほどの追い込まれた状況もない。

それでも計画を成し遂げようと思うなら、これまでやっていたことを一つ二つ止めてみる必要があるのではないか、という気がしている。

さもないと、またいつもの年のように、中途半端で放棄することになる可能性が大である。事業仕分けではないが、具体的に何を止めるかは、これから考えようと思う。