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大天使聖ミカエルの祝日に思う2

ちょうど2年前に大天使聖ミカエルの祝日に思うという記事で触れた聖ミカエルへの祈りだが、「聖会のための祈」全体をミサの後に唱えている動画(Dominican Rite Low Mass (Commentary) - J3 Concluding prayers at foot of altar)が見つかった。祈りであるからテキストさえあれば十分なのだが、参考までに観ておいてほしい。

さて、この祈りについて、有名なエクソシストであるガブリエル・アモース神父は、著書『エクソシストは語る』の中でこう述べている。

替わりとなる適切な祈りもなしに、ミサが終わったあとに唱えるのを習慣としていた大天使聖ミカエルへの祈りを削除してしまったのは間違いであったとわたしは信じています。

本当に、典礼改革とやらのせいで、この40年間というもの、どれだけの祈りが唱えられることなく失われたのだろうか。

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問題だらけだった英訳ミサ典書の修正個所を見て

アイルランドに滞在していた頃、英語ミサに慣れるためにポケットサイズのミサレットを携帯していた。

ミサに与るたびに、「あらかじめ祈りを暗記しておけばよかった」と後悔するものの、ミサが終わるとそんなことは忘れてしまっていた。結局、滞在の最後まで同じことを繰り返していたものだ。

そのような有様ではあったが、式次第の英語を見たときには、この訳し方は少し大胆ではないか、という印象は受けていた。この訳が大胆と言うよりも不適切だということが判ったのは、ずっと後のことである。

今回、英訳ミサ典書の改訂版が出されるのに併せて作られた信徒用訂正表を見ながら、懐かしく思ったり、やはり以前のはおかしいと確信したり、これを覚え直すのは大変だろうと勝手な心配をしたりしている。

大斎の日の神学校での食事風景

1962年のミサ典書による典礼暦によれば、今週の水曜・金曜・土曜は四季の斎日である。聖ピオ十世会では、修道会の方針として四季の斎日には大斎を守ることにしている。

これは一般信徒にも勧められているものの、義務ではない。それでも、聖ピオ十世会の司祭らと共に行動しているときは、お付き合いすることになってしまうのだが。

さて、かつて聖十字架神学校にゲストとして滞在したときにも大斎があった。朝ミサの後、神学生たちは食堂の自分の席でそれぞれ祈りを唱え、立ったまま無言で朝食を取る。紅茶だけであったり、食べても食パン1枚くらい。食べ終えるとまた祈り、使った食器を持って一人また一人と去っていった。その雰囲気は前日までとはまるで異なっており、今でも強烈に印象に残っている。

この他にも伝統的神学校生活の一端を垣間見たいなら、Holy Cross Seminary にアクセスするとよい。他にも St. Thomas Aquinas Seminary がある。

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「年間第○主日」などという数え方がカトリック的に好ましくない理由

1962年版ミサ典書の典礼暦によれば、今日は聖霊降臨後第17主日である。

一方、現行の典礼暦では「年間第25主日」となっている。典礼の季節感が失われたこの表記には違和感を覚えるものの、ある時まではそれほど気にも留めていなかった。

その「ある時」とは、聖公会の典礼カレンダーを見たときである。そこには、多少の用語の違いこそあれ、「聖霊降臨後」の名称も含めてカトリック教会本来の典礼暦がかなり保持されていたのである。

さらに調べてみたら、他教派でも「聖霊降臨後」はそのまま残っており、「年間」なる珍妙な用語は使われていないことが判った(4教派 期節・祝日対照表(日本版)参照)。もうこれは「エキュメニズムのため」という言い逃れすらできない改竄である。

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Recit (09/21 10:01) 編集・削除

 J.S.Bachの典礼用のオルガン・コラールにも、「聖霊降臨後」、「顕現節(ご公現)後」、「聖母マリアの潔めの祝日」、などの現在のカトリック教会から消えた用語が書き添えられています。後年(弟子たち、写譜した人)の書き込みかもしれませんが、ルター派典礼にも残されていますね。


・「聖霊降臨後」と「ご公現後」の緑の季節をOrdinary Time という用語でまとめてしまったことが第一の重要な問題点。

・Ordinary Time を 「年間」というわけのわからない単語で訳してしまった日本の司教団典礼委員会の訳語が問題。

解せないです。

エウカリスティア、サクリフィス、と同様、ordinary(extraordinary)の訳し方はいい加減だと思います。

管理人 (09/21 19:31) 編集・削除

ラテン語表記では Dominica XXV per annum のようですから、「年間」でもそれほど問題はないと思います。

Recit (09/21 20:49) 編集・削除

ラテン語表記は、そうなるのですか…。ありがとうございます。

伊:Tempo Ordinario
仏:Temps Ordinaire
英:Ordinary Time
西:Tiempo Ordinario

なので、ラテン語表記も同じようになるのかと思い込んでいました。

そう言えば、独はKirchenjahr
こちらは、「年」が付いているなと思っていました。

もう来年のカレンダーの話2

Angelus Press からのニュースレターによれば、例の典礼カレンダー(2011 Calendar: Priestly Ordinations)が納品されたとのことだ。

きっと今日明日にも発送作業が始まるはずである。上手くいけば来週中に届いて、26日のミサ聖祭のときにお見せすることができるかも知れない。

だが、「前科」(遅配にもほどがあるエアメール参照)もあるので期待しすぎないようにしよう。

もう来年のカレンダーの話

今日は日銀の介入により若干円安となったので、これ以上安くならないうちにと、司祭叙階式の写真で構成された典礼カレンダー(2011 Calendar: Priestly Ordinations)を Angelus Press に注文した。

もっとも、この程度の買い物では、もっと円安になったところでそれほどの差が出るわけではない。どうしてこれほどまでに気になってしまうのか不思議である。

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なかしょうこ (09/16 17:31) 編集・削除

こんにちは。いつも楽しく拝見させて頂いております。

無為無策無能宰相の管直人もやっと介入してくれましたね。
円高で、ルイヴィトンが安くなるとかね、海外旅行が安く行けるとかね、もうアホかと。
円高ってのは、早い話が、今まで、自給1000円稼げてたのが、円高なんだから、800円でいいだろってことになって、同じ労力じゃ同じ1000円が稼げなくなるってことですよ。これが、トヨタやホンダといった大企業でマクロレベルで起こるわけです。

円高で、ルイヴィトンが安くなるってね、あなた、企業の売上も安くなるんです。あなたの給料も安くなるんです。あなたの雇用もなくなるんです。

要するに、あなたが安くなるんです。

結論。円高は悪。皆さん、ここは押さえましょう。

ノヴスオルド・ミサで聖変化は起きるのか2

ノヴスオルド・ミサで聖変化は起きるのかという記事の中で紹介したノヴスオルドの方の動画が、いつのまにか削除されていたことを知った。

そういう事情なので、Holy Thursday - the Consecration という動画を代わりに紹介しておこう。見やすい動画とは言えないし日本語ミサでもないが、これ以外だと、10分近い動画の何分何秒ごろといった具合になってしまうので仕方がない。

もっとも、動画などに頼らずとも、ミサのときに自分の目で確かめるのが一番である。自分が与る秘蹟なのだから、大いに関心を持って観察したらよい。

カトリック書籍の大量注文を試みる2

例の大量注文に対して、ネット書店からのメールが早朝に届いた。残念ながら、「品切れ」という回答であった。とはいえ、出版社に問い合わせてもらった上でのことなので、納得はしている。

ただ、本を欲しがっている信徒がいるのだというメッセージを送り、増刷を促すために、別のところからもう一度注文を出そうかと考えているところだ。

カトリック書籍の大量注文を試みる

とあるカトリック書籍が現在手に入りにくくなっている。すでに四谷のカトリック書店では見つからない。あちこちのネット書店でも「品切れ」「在庫なし」とされている。

しかし、たった一カ所だけ「取り寄せ」の表記があった。だからといって、これもあまり期待はできないのだが、ものは試しである。とりあえず10冊のオーダーを出しておいた。

それならば、軽々しく「ありませんでした」という返答を出さず、少しばかりは骨折ってくれるのではないだろうか。また、出版社に対しても需要があることを知らせることになるかも知れない。以上は勝手な推測だが、どうせリスクもないことだし、様子を見よう。

1日で2万アクセスを記録したブログ記事

救う会副会長・島田洋一氏のブログ記事(総連の痛い所を突いたか―西岡力氏のブログにアクセス激増)によると、同会会長・西岡力氏のブログのアクセス数が1日で2万アクセスも増えていたとのことである。

問題のブログ記事(地方自治団体は朝鮮学校への公的補助を凍結し、実態調査を行え!)は、いろいろな意味で「関係者」が注目しているらしい。日本国民にもショッキングな内容だと思うので、一読と拡散とを願いたい。

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Sancte Pie Decime, gloriose Patrone, Ora, ora pro nobis.

1962年版ミサ典書の典礼暦によれば、明日9月3日は聖ピオ十世教皇の祝日である。この機会に、聖人にちなんだラテン語聖歌(Sancte Pie Decime)を覚えておきたい。短いので、きっと1分もあれば歌えるようになるだろう。

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いちょう葉エキス (09/12 22:13) 編集・削除

こんばんは、はじめまして。素晴らしい聖歌をご紹介いただき感謝いたします。やはり何語の「聖歌」よりも、ラテン語の響きは自然体で、素晴らしいですね。ブログ応援しています。

ところで、この聖歌ですが、この曲は、聖ピオ十世教皇様が列聖された後に、FSSPXとは関係なく作られたものでしょうか、それとも聖ピオ十世会が創立された後に、そちらで作った歌でしょうか。検索しても由来がわからず、申し訳ありません。ご教示くだされば幸いです。

管理人 (09/13 21:06) 編集・削除

Traditional Roman Hymnal には HYMN OF THE FRATERNITY OF ST. PIUS X とありますから、後者でしょう。

ついでに、「そちら」と言われましても、聖ピオ十世会は司祭兄弟会ですから、一般信徒である私はその構成員ではありません。最低でも初誓願をすることがメンバーシップの条件ではないでしょうか。

救霊の観点からエキュメニズムを考えると

毎日ロザリオを唱え、主日ごとにミサに与り、たびたび悔悛の秘蹟を受けるような平均的ないし模範的なカトリック信徒は数多くいる。

このような、比較的天国に近いと思われる信徒でさえも、臨終が近づいたときには、司祭を呼んでもらい、最後の告解と終油の秘蹟によって救霊をより確実にしたいと願うことだろう。

そのような信徒なら、プロテスタントの信徒が、救霊についてかなり厳しい状況に置かれていることが理解できるはずである。彼らが持ち合わせているのは、おそらく有効であろう洗礼のみで、御聖体拝領や告解をする機会がないからである。

それでも、プロテスタントの信徒がカトリックに改宗しないのを嘆くこともなく、彼らの救霊について悲観的になることもなく、エキュメニズムだ対話だ交流だと浮かれている者が少なからずいるのが現実だ。もう少し整合性というものを考えたらどうだろうかと思う。

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