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われこのロックンロールの上にわが教会を建てん?

以前、ワールド・ユース・デイには危険が潜んでいるという記事の中で、そのどんちゃん騒ぎの様子を告発するビデオを紹介した。

こんな有様ならば、同じ問題意識を持って YouTube に動画をアップロードした人もいるはずだと思ったのだが、探し方が悪いのか、根気が足りないのか、いずれにしてもなかなか見つからない。

しかし、評価は正反対ながら同じような動画がいくらでもあるので、それを見てもらった方が早い、という結論に達した。Opening celebration of World Youth Day 2008Matt Maher at World Youth Day 2008 in Australia などはその一部である。

ともあれ、このような雰囲気ではカトリック信仰を養えるわけがない、というのが率直な感想だ。同じ大金を払うなら、普通の巡礼ツアーに行かせて、聖人ゆかりの教会や修道院を訪問し、聖遺物を見てきた方がずっといい。

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慶応義塾大学で「異端的」神学講座を開催中

カトリック東京大司教区の情報コーナーというページでは、各種の講座・研修会が案内されている。

その中に、「現代カトリック神学研究 ~時代と格闘する神学者たちの思索への巡礼と対話~」と題する連続講座があり、慶応義塾大学で月に1度行われている。

さて、その講座で取り上げられている「神学者たち」だが、かなり問題があると言わざるを得ない。というのも、第ニヴァティカン公会議の前までは異端の嫌疑をかけられ、教会から大なり小なり制裁を受けていた者が多数含まれているからである。

そのうち3名(イヴ・コンガール、アンリ・ド・リュバック、カール・ラーナー)の経歴については、聖ピオ十世会総長のフェレー司教講話:教会の状況及び聖ピオ十世会とローマとの関係(1)で述べられている。

それを読めば、なぜ「異端的神学講座」という強烈なタイトルをつけたのかも分かることだろう。

「東京裁判史観」と「エクレジア・デイ史観」

「東京裁判史観」という言葉がある。これは揶揄なので明確な定義があるわけではないが、極東国際軍事裁判の判決を正しいものとして、有罪判決を受けた日本人を断罪する立場、と言えばそれほど外れてはいないだろう。

この史観を奉ずる者は、開戦までの経緯について日本にも言い分があることや、この裁判そのものに問題があることは認めない。また、欧米による何百年もの植民地支配やアメリカやソ連の戦争犯罪との比較を試みることもない。とにかく「日本は悪いことをした」としておきたいのである。

同じように、カトリック教会の中には「エクレジア・デイ史観」とでも呼びたくなるような考え方がある。つまり自発教令「エクレジア・デイ」による裁きを正しいものとして、ルフェーブル大司教を断罪する立場である。

この史観を奉ずる者は、司教聖別までの経緯についてルフェーブル大司教にも言い分があることや、この教令における教会法の適用の仕方に問題があることは認めない。また、聖座が非合法的に聖ピオ十世会を廃止しようとしたことや、中国の天主愛国協会の司教聖別に対する聖座の対応との比較を試みることもない。とにかく「ルフェーブル大司教は悪いことをした」としておきたいのである。

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