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神父の放言「母なる教会ー聖ピオ10世会について」について2

それでは、母なる教会ー聖ピオ10世会についてから、気になる記述を少しずつ抜き出していこうと思う。

聖ピオ10世会の今の立場は、「公認されていないカトリック団体」ということだが、それが一番簡潔な表現だと思う。

「公認」という言葉で何を言わんとしているのかはっきりしないので、然りとも否とも言えないが、もしも教会から修道会として認可されてないという意味であるならば、それは間違いであるということを指摘しておく。

詳しいことは小野田神父様が既に書いている(【質問】聖ピオ十世会は教会認可の正式な修道会と思ってよいか)のでそちらを参照していただこう。

ついでに、教会法を無視して聖ピオ十世会の認可を取り消そうとした一連の悪巧みのことも広く広く知ってもらいたいものだ。

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神父の放言「母なる教会ー聖ピオ10世会について」について

昨日、この日記が属するブログランキングのエントリー中より、母なる教会ー聖ピオ10世会についてという記事を見つけた。

指摘したいこと、反論したいこと、カトリック信徒として聞き捨てならないことがいくつかあるのだが、ここ3カ月のうちに日記で書いたばかりのことを繰り返さねばならないかと思うと少し気が重い。

とりあえず今日のところは「宣戦布告」ということで。

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司祭の手

昔々、味噌のテレビコマーシャルで「ママの手は魔法の手」という歌が流れていた。料理も裁縫もできる母親の手を、小さな子どもが驚きと尊敬の念とをもって「魔法の手」と呼ぶ、という内容だ。どうせ大人が書いた歌詞ではあろうけれども。

さて、カトリック信徒にとって司祭の手とはいかなるものであろうか。

司祭叙階式において、受階者の両手は司教から聖香油を塗られて聖別される。そして初めて、パテナとカリスとに触れるのである(Priests for Tomorrow - Part 6 参照)。

また、どこでも行われているわけではないが、叙階直後の司祭の手から祝福を受け、その手にキスをする習慣もある(Priests for Tomorrow - Part 7 参照)。

しかしながら、司祭の聖なる手を相対的に貶める行為がカトリック教会に蔓延している。それは、手による御聖体拝領である。

そのようにして、聖別されてもいない手で御聖体をペタペタペタペタペタペタペタペタ触る信徒が、司祭の手を特別なものとして見るはずはないのである。

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知らない素振りをする司祭たち

エクレジア・デイ傘下の修道会では、昔の式次第による堅振の秘蹟を地元司教に執行してもらっているものと思うが、条件付きの堅振は行っていないようだ。

確かに、「新しい式次第での堅振は有効性が疑わしいので、条件付きで堅振を授けてほしい」とは言いにくいであろう。先の秘蹟を授けたのが当の司教であればなおさらである。

従って、無効の可能性を否定できない堅振の秘蹟を既に「受けた」信徒は、いつまでも疑いが残るままになってしまう。後からやってきた者は確実に有効な堅振を受けられるというのに。

聖ピオ十世会を離れて今は聖ペトロ会などに所属する司祭らは、現行の堅振の問題点(質料も形相も、ともすると意向も)について熟知しており、かつては信徒にも説明していたはずだが、一体どのような思いで沈黙しているのだろうか。

また、この件で信徒より質問を受けた場合には、どのように対応しているのかも気になるところだ。

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「公会議の精神をねじ曲げた者が悪い!物語」はもう捨てよ

第二ヴァティカン公会議後のカトリック教会の混乱について、公会議の精神を標榜して好き勝手なことをした者たちが悪いということにして、本来の「公会議の精神」に立ち返るべきだ、という議論があるが、果たしていかがなものであろうか。

そこで、このことを考えるために資料を用意した。次の年表は、聖ピオ十世司祭兄弟会関係の年表から抜粋して若干の編集を加えたものである。

1945年 ローマのアンジェリクム教皇庁立大学で、レジナルド師、ガリグ・ラグランジュ師、ラブルデット師などが、イエズス会士のダニエルー師、ド・リュバック師らの新しい神学に対抗して伝統的な神学を擁護する。(-1950年)
1950年 回勅『フマニ・ジェネリス』が発表される。ド・リュバック師などを暗に排斥する。聖庁はコンガール師の著作を危険視する。
1954年 聖庁はシュニュー師が教えることを禁止する。
1952年 2月以降、コンガール師のすべての著作はローマの検閲を受けなければならなくなる。ド・リュバック師の全著作もローマの検閲命令を受ける。
1954年 聖庁はカール・ラーナー師にミサの共同司式について沈黙を命ずる。
1962年 6月7日、聖庁はラーナー師の全著作を検閲することを決定。

ここに挙げられただけでも、何人ものリベラル神学者たちが、教会から異端の嫌疑をかけられ、制裁を受けていたことが分かるであろう。

しかし、これらの「前科者」または「容疑者」たちは、あろうことか公会議の顧問として迎えられ、その期間中に多大な影響を及ぼした。公会議の精神とは、彼らの精神と言っても過言ではない。いつまでこんなものを擁護し続けるつもりなのか。