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召命は「われらのうちより」

若いうちは、本気とも冗談ともつかない調子で「司祭になったら」と言われたものである。実年齢よりも若く見える日本人の特権で、それは比較的最近まで続いたのだが、さすがに今となっては限界点を越えたようである。

では、もう召命は他人事なのか、と言えば、断じてそうではないと思う。ただし、思い出のカード上には上があるで触れたような、熟年召命の話ではない。

たとえ歳を取っても結婚しても、「願わくはわれらのうちより、司祭または修道者となりて働く多くの人々を選びて、主の公教会に遣わし給わんことを」(御召を求むる祈)と祈るからには、自らの所属する共同体を召命の温床とすべく、何らかの注意を払うべきである。

具体的には、若い信徒たちがラテン語やグレゴリオ聖歌や聖務日課や公教要理に馴染んでいるかどうか、特に男子なら侍者の務めや練習に励んでいるかどうか、よくよく関心を持っておく必要があるだろう。

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