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カトリック信徒のプライドはどこへ行ってしまったのか

受洗して1年か2年くらいの頃、フランス・ルルドにおける夥しい奇跡的治癒のうち、カトリック教会から奇跡と認定されているのはほんのわずかだという話を聞いた。

奇跡は教会の強力な宣伝材料にもなりうるだろうに、そう簡単に認めないところが、カトリック信徒としてとても誇らしかった。このような態度こそ、真の宗教に相応しいと思ったものだった。

このようなプライドを、カトリック信徒は程度の差こそあれ共有していると思っていたのだが、どうもそれは幻想だったらしい。

最近の、カトリック教会史上例がないほどに早かったり多かったりする列福・列聖は、以前に比べ奇跡がやすやすと認められていることを意味する。これに対して違和感を覚える聖職者や信徒の何と少ないことか。

コメント一覧

ちいさな信徒 2013年07月22日(月)20時17分 編集・削除

ごもっともだと思います。
近頃のミサはいろんな楽器を使った楽団まがいの演奏でうるさくて、聖歌も変なメロディの一般の歌と変わらないもので、敬虔さも美しさも感ぜず、ミサにあずかった気がしません。
昔のミサは静かで真にキリストと一致して祈り、癒され
力を授かったものでした。
あのカトリックはどこへ行ってしまったのでしょうか。
開かれた教会とは賑やかで新興宗教にも似たカトリックの
ことなんでしょうか?

未承認 2017年02月20日(月)05時17分 編集・削除

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未承認 2017年02月20日(月)05時32分 編集・削除

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未承認 2017年02月20日(月)17時34分 編集・削除

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未承認 2017年02月20日(月)17時38分 編集・削除

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未承認 2017年02月27日(月)20時15分 編集・削除

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