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正平協には正平協の辻褄がある

正平協というと、カトリックの聖職者が本業を差し置いて力を入れている活動と思う人がまだ多いかも知れない。

だが、そのような人たちが抱く司祭像は時代遅れだ。なぜなら、第二ヴァティカン公会議で司祭職のあり方が変わったからである。

具体的には、司祭職の第一の目的が福音宣教となった。祭壇で犠牲を捧げることが第一だったのは昔の話だ。

新しいミサもまた、新しい司祭職を後押しするものである。司祭は祭壇から会衆へと向きを変え、更に教会の外に目を向けるようになった。

つまり、正平協の活動は、公会議後のカトリック教会が掲げる司祭職と調和したものであり、立派な本業なのである。

従って、口先で公会議と新しいミサとを受け入れると言いながら、正平協だけを受け入れないカトリック信徒こそがねじれているのだ。

さて、ここまでの文章が正平協擁護のように読めて驚いたかも知れないが、それはただの技巧なのでご心配なく。

何にせよ、これだけ密接に結びついているものから正平協の活動だけ取り除けというのは無理難題であり、正平協を批判するなら第二ヴァティカン公会議も新しいミサも、というのが私の結論である。

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