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第二ヴァティカン公会議後の混乱はいつまで続くのか

次の文章は、ある司祭が第二ヴァティカン公会議後のカトリック教会について書いたものである。

第ニバチカン公会議は、教会に大きな混乱をもたらした。典礼は母国語化されてわかり易くなったが、もはや美しいグレゴリアン聖歌を聞くことはできない。ミサでは何が起こるかわからない。司祭・修道者の服装は私服化し見分けがつかない。かつてはどの司祭も同じ公教要理を教えてくれたが、今は司祭ごとに意見が違う。教会の規律は緩み、告白の数は激減した。信徒は自分たちこそ教会の主体であると言われるが、むしろ戸惑いを感じて、かえって無気力になる。教会自体がその荘厳さと安定を失い、かつての魅力を持っていない。伝統的キリスト教国ではいわゆる「教会を出る」という現象が相次いでいる。今日の教会にこうした一種の沈滞ムードが漂っていることは否めない。

こういうものを私が引用すると、聖ピオ十世会などの伝統派からの意見に違いない、と思う人もいるだろうが、実はそうではない。これを書いたのは、第二ヴァティカン公会議をこよなく愛する司祭である。そのような立場からでさえ、公会議とその後の混乱との因果関係を認めざるを得ないことを告白しているのだ。

もっとも、この司祭にとっては、このような混乱も過渡期の現象にすぎないらしく、それほど深刻に感じているようには思えなかった。この文章が書かれてから約20年くらい経った今も混乱は続いているように思うが、収束の見通しについて訊いてみたいものだ。

ヨゼフ・ピタウ大司教のコラムを探したら

元上智大学学長のヨゼフ・ピタウ大司教とは、大聖年の年末にローマでお会いしたことがある。あれから9年。思えば随分時間が経ったものだ。

その大司教のコラムが読売新聞で始まるということを、先週、とあるニュースメールで知った。読売は購読していないが、ネットで読むことができるだろうと高をくくっていたら、検索しても見つからない。今のところは掲載されていないようである。

しかしながら、検索の途中で、3年前の記事が見つかった。立命館大学の「現代社会と宗教 世界編」というリレー講義に登場していたのだ。記事は講義詳報とはあるが、講義全体からすれば要約のはずである。ともあれ、第2ヴァティカン公会議の大まかな内容を短い時間で把握するのには役に立つだろう。

大司教はその公会議を絶賛しているようだが、私は同意しかねる。そこに書いてあることの一々が、正平協を含めた、カトリック教会内に起きている様々な問題の、直接間接の原因だと思うからである。

あの時、声を挙げていれば・・・

最近、第ニ次世界大戦中の教皇であったピウス12世のことを、ユダヤ教のラビが暗に非難したことが話題になった。その御名をアドレスに頂いている拙日記としては、少なからず気になるところである。

もちろん、ユダヤ人迫害の主たる責任、あるいは全責任は、その主体であったナチスに帰するものである。ここは確認しておかなければならない。しかし、ピウス12世がナチスを公に批判していれば迫害の規模が違ったもになったのでは、と思う気持ちは分からないでもない。

私もまた、カトリック信徒として、あの時声を挙げていれば、と残念に思うことがある。それは、第二ヴァティカン公会議(1962-1965)が共産主義を断罪しなかったことである。確かに、これが成されていたところで共産主義下のカトリック信徒がどれだけ助かったかは未知数だが、少なくとも教会内部で容共勢力の拡大を招くことはなかったはずである。

実のところ、公会議で共産主義を非難するよう働きかけた多くの司教たちがいた。何百もの嘆願署名も集められた。しかし、それは握りつぶされてしまったのである。この辺りの事情は小野田神父様が翻訳中のルフェーブル大司教の伝記(
聖ピオ十世会創立者の伝記 12.3.7.共産主義を排斥しなければならないという要求)に詳しい。この公会議をどのような傾向の聖職者たちが牛耳っていたのか、その一端が垣間見えるであろう。

ピウス12世の列福を請願する運動

今年の初め頃、ウェブサイトの引っ越しにあたって、レンタルサーバーが用意した複数のドメインの中から、何を選ぼうかと随分頭を悩ませた。サブドメインと併せてサイト名を反映させられるものか、短くて覚えやすいものにしようと思っていたが、どちらも決め手を欠いていたからである。

後者の候補の中には現在使っている xii.jp があった。しかし、そのときは、覚えやすいが無意味な綴りとしか思っていなかったため、決して有力な候補ではなかった。

そうして何日も経ったある日、考えてみると遅すぎる気もするのだが、この xii が突然ローマ数字に見えたのだ。そこで浮かんできたのが、教皇ピウス12世の名前である。

ピウス12世は在任中、異端的な傾向のあった数々の神学者たちを敢然と排斥した教皇であった(残念なことに、後継者のヨハネ23世は彼らを可愛がり、第2ヴァティカン公会議をリードさせてしまった)。そういうことが頭に入っていたので、この信仰の擁護者に敬意を表して、これを使わせてもらおうということになった。そうして、日本におけるピウス12世ファンクラブを思わせるようなアドレス pius.xii.jp を決定したのである。

さて、前置きが大変長くなったが、そのピウス12世の列福運動がネット上で始まった。投票ページにアクセスし、必要事項を入力して送信するだけの簡単なものなので、是非とも力を貸して欲しい。

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