記事一覧

トップ > 未分類・その他

Panis Angelicus の聴き比べ

Panis Angelicus というラテン語聖歌がある。ミサ聖祭の聖体拝領のときに歌われることがあるのだが、私はアイルランドの歌手ジョン・マコーマックの A Christian Celebration というCDで初めて聴いた。

ラテン語ゆえ歌詞の意味は分からなかったが、その歌唱だけでなく伴奏も素晴らしく、とても気に入って何度も繰り返し聴いたものである。後に意味を把握してからは更にのめり込み、ついにはそらで歌えるまでになった。別に人前で披露する機会はないのだけれども。

さて、先日紹介したポール・ポッツのデビューCD「ワン・チャンス」にも、この Panis Angelicus が収録されている。そうすると当然、両者の歌唱を比較したくなるというもの。ちなみに、両者のデビューは丁度100年違いであるが、何かの因縁であろうか。

コメント一覧

A FOX URL (05/11 23:55) 編集・削除

コンバンワ!

A FOX です。
今日は、自称ミュージシャン(???)として書き込みさせていただきます。
Panis Angelicusに関しては、ジョンマコーマックの方がいいですね。
聖歌はダイナミックに力強く歌われる歌が多いと思いますがどうでしょうか?
しかし、歌唱力だけの問題でもなさそうです。
管理人さんはその辺十分お分かりのようですから(笑)くどくど書きません。

ポールポッツの場合
現代の音響システムにも恵まれていますのでその辺を考慮して聞いてみましたが・・・
Por Ti Sere ((Italian Version of 'You Raise Me Up'))
A Mi Manera ((Spanish Version of 'My Way'))
などの、ポップス風の曲の方がGOODです。
ちょっぴり素人を感じさせる歌声はむしろこちらのほうが、似合います。

ポールポッツはまだちょっぴり素人感がありますが、これからが楽しみです。
私個人的には、 Nella Fantasia がお気に入りです。

ポール・ポッツを聴く日々

このたび、ポール・ポッツ Paul Potts というイギリス人のテノール歌手が来日して、今日明日とコンサートを行う予定だ。彼の経歴についてはテレビでも紹介されたし、ネットでもあちこちで書かれていることだから省略するが、とてもいい話なので知らない人はどこかで仕入れておくことをお勧めする。

さて、そのデビューアルバムの「ワン・チャンス」を最近購入して、この数日繰り返し聴いている。この日記を書いている今も聴いているほどである。

普通のテノールは高音で歌うサビが聴かせどころなのだが、ポール・ポッツの場合、そこに至るまでの比較的静かな部分の歌唱も捨てがたい。特に、マイ・ウェイ My Way などはこんな歌い方があったのかと感心した。このCDは、もうしばらくCDラジカセに入ったままであろう。

related page(s) 声楽

あっという間に1年

昨年の聖ヨゼフの祝日に日記を立ち上げてから、今日でちょうど1年になる。当初からあまり書けなかったため、ある人(その筋では有名)からは2日に1度くらいは書くように励まされた。だが、期待に応えることができないまま1周年を迎えてしまった。

これからもそれほどペースは上がらないと思うが、ランキングのクリック数が増えると、プレッシャーを感じて少しは頑張るかも知れない。

何の未練もなく

本家サイトの中から、長く放置していて、もう更新する気のない2つのページを削除した。もはや存在していないので、どのページかということも敢えて書かないが、もしかしたらリンクなど跡が残っているかも知れない。それは、気がついたときにでも修正しておこう。

コメント受付中

突然だが、思うところがあって、記事にコメントを投稿できるようにした。コメントは、どれだけ過去の記事につけても構わないが、なるべく記事内容に沿ったものを願いたい。

さて、これまで「思うところ」がなかった理由は何か。荒し対策が面倒というのも一つだ。コメント欄のついたブログや日記は、掲示板とほとんど変わりがなく、かなり無防備である。読者の少ないこの日記では杞憂かも知れないが、用心するに越したことはない。一応、管理者が承認してから公開される設定にしておいた。

それから、小さなことのようで、案外これが一番かも知れないと思う理由がある。普段から日記本文を常体で書いているのに、コメントへの応対は敬体となると、態度を急変させているかのようで、どうも抵抗があったのだ。

実際には、そういうやり方でブログを運営している人も少なからずいる。二つの文体を用いることは、私が思うほど不自然には思われないかも知れない。とりあえず、見切り発車である。

「加害者」不在のいじめ論議

昨日、文部科学省が2006年度のいじめ件数を12万件と発表した。前年度の6倍になったことについては、いじめの定義が変わったという話もある。だが、どう詳細に調査を行ったとしても実数とは違うだろうから、特に数字に興味はない。

気になるのは、いじめられた生徒・児童や、学校側の対応ばかりに関心が集まり、肝心のいじめっ子が話題にならないことである。いじめが度を超して大きな事故につながった場合ですら、担任の対応が良かったの悪かったのと議論をしているような有様だ。バランスから言えば、いじめた側にもっと焦点を当てるべきである。

また、いじめをさせない、という気構えも欠如しているように思う。誰か「今いじめをしてる人は即刻やめなさい」と訴える人はいないのか。「ウチの子が余所の子をいじめたらただじゃおかない」というくらいの気骨ある人は現れないのだろうか。

related page(s) 教育

痛みに耐えてよく頑張るよりも

以前、ある方の母上が膝の痛みを訴えているとのことなので、よく効くと評判のコンドロイチンZS錠を奨め、ネットで代理購入してあげたことがあった。その後の経過を知ることはなかったのだが、先日また購入を頼まれた。それも2瓶。つまり、喜ばれたのだ。

今は前回購入時に比べて若干値上がり傾向にあるが、それでも薬局で買うよりずっと安い。送料も無料で済んでしまった。品物は今日あたり届いたはずだ。これからも痛みから解放された生活が続いてくれればと思う。

related page(s) 健康

昼三暮四

今日、駅から降りて歩道橋を登ると、沈みゆく夕日が見えた。それはそれは見事な光景で、これがほどなく沈み切ってしまうのをとても残念に思った。

しかし待て。同じ太陽の強い日差しを、ほんの数時間前に呪ったばかりではないか。身勝手なのか、翻弄されているのか。何にせよ、似たような反応をしてしまう場面が他にもありそうな気がしてならない。

コメント一覧

管理人 (07/27 15:33) 編集・削除

検索でお越しの方に申し上げますが、「昼三暮四」とは私の造語に過ぎません。あまり詮索されても困ります。

段ボール饅頭で思い出したこと

最近、中国・北京で段ボールを混ぜた肉まんが売られていたことが大騒ぎになり、今度はそれが捏造だったという話も入ってきた。

ことの真相はともあれ、最初の報道から随分と時間がたった今頃、10年ほど前の話をやっと思い出した。それは、モスクワの駅で露天商から肉入りピロシキを買ったときのことである。

それまでも何度か買って食べていたので、そのときも特に何も考えず腹の中に収めた。だが、そのしばらく後になって、ふとある疑問が湧いてきた。

「これは何の肉だったのだろう?」

味は悪くなかったので、人の食べ物であったとは思うが、少し不気味である。

そんな昔話を思い出しながら、気が付くのが少し遅すぎやしないか、と情けなく思った。しかし、よく考えてみると、話の内容から考えても、むしろミートホープのときに思い出すべきではなかったろうか。というわけで、今は少し落胆気味である。

related page(s) 中国 モスクワ観光

民主党は小沢政権の誕生を本当に望んでいるのか

今日の午後は運悪く、民主党の街頭演説を延々と聞かされるはめになった。野党として当然のことであろうが、弁士たちは入れ替わり立ち替わり政権交代を叫び、最後のシュプレヒコールでも政権への意欲を訴えていた。

そのときふと思ったのだが、その数々のフレーズと同義であるはずの「小沢政権を誕生させよう」という声は何故か聞くことがなかった。それ以前に、私の聞き落としでなければ、誰一人として小沢代表の名前を口にしていなかった。今後民主党の運動員に呼びかけられることがあったら、この件についてひとつ質問してみたい。