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トリエント・ミサの侍者を募集するプロモーションビデオ

聖ピオ十世会関連の動画を漁っていたら、ミサ聖祭の侍者を募集するビデオ(Archconfraternity of St. Steven.wmv)を見つけた。

だが、聖ピオ十世会の司祭が常駐しているような規模の教会ならば、侍者のなり手が不足しているとは考えにくい。それより小さい教会だとしても、内部で募集するためにわざわざ動画を編集するとは思えない。

どういうことかと思ったら、連絡先が聖ピオ十世会アメリカ管区やその各教会となっていた。おそらく、「トリエント・ミサならこのような素晴らしい祭壇奉仕を体験できる」ということを、余所の教会の信徒にアピールする狙いなのだろう。

そういうことなら、日本の聖ピオ十世会で行われるミサ聖祭のためにも、このビデオを広めたいものである。ただし、侍者団規則によれば、侍者を召し出すのはあくまで管轄司祭であることを確認しておく。

荘厳司教ミサに満足していて本当にいいのか

荘厳司教ミサの通な与り方4の中で、トリエント・ミサから新しいミサへの移行という過去の記事を紹介したが、その引用部に綴りの誤りが見つかったほか、表記の不統一や自分の意図通りでない表示があったので、修正しておいた。

これもいい機会なので、まだ見ていなかったら一読しておいてほしい。ラテン語規範版通りの荘厳司教ミサでさえ、トリエント典礼に比べれば相当に簡略化されたものだということが分かるだろう。

荘厳司教ミサの通な与り方4

「荘厳司教ミサの通な与り方」について、これまで3回ほど書いてみた。ほとんどはミサレットに記載されていない動作かも知れないが、頭を下げるのも跪くのも、独りでできるという意味ではさほど困難ではないと思う。

しかし、御聖体拝領においてもトリエント式を貫こうと思うと、多少心配がある。司祭を相手にするからである。

トリエント・ミサでは、信徒が御聖体を拝領するときに「アーメン」と唱えない。あるいは、唱える必要がない。おそらく、司祭が祈りの結びに「アーメン」と唱えるからと思われる。

さて、もしもここで意固地に「アーメン」と答えなかったらどうなるか。それでも御聖体を授けてくれるとは思うが、きっと変な間ができることだろう。

この不都合を避けるためには、前に進み出たらすかさず目を閉じて舌を出すのがよい。ホスチアを授けないことには次に進まない、という状況になるからである。

それにしても、何でこんな面倒なことになるかと言えば、ミサが変わりすぎているからである。そのことについては、トリエント・ミサから新しいミサへの移行に引用した資料が参考になるはずだ。

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荘厳司教ミサの通な与り方3

荘厳司教ミサまであと3日となった。通な与り方の練習ははかどっているだろうか。

今日は Sanctus の部分に入る。Gloria や Credo のように頭を下げるところはない。最後の Benedictus qui venit のところで十字のしるしをして、歌い終わると跪く。それだけである。

ここでの跪きの指示はミサレットにはないと思われる。しかし、ここで跪いておかないと、聖変化のときに突っ立っていることになってしまうから、このタイミングは逃さないようにしたい。

さて、悩みどころは、聖変化の後の Mysterium Fidei で歌が入ることだ。

本来なら、主祷文 Pater Noster の手前の Per omnia saecula saeculorum まで跪いているところだが、妥協してこの歌のところで立ち上がるのがスマートだろう。

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荘厳司教ミサの通な与り方2

昨日の荘厳司教ミサの通な与り方1では Gloria のときの動作を説明したので、今日は Credo を取り上げる。

司式者が Credo in unum Deum と歌い出したら、Deo のところで頭を下げる。次に頭を下げるのは、Jesum Christum のときである。

途中、Et incarnatus est ... のところで跪き、Et homo factus est と歌ったら立ち上がる。トリエント・ミサでは皆が一斉に動くのでタイミングを逸することはないが、荘厳司教ミサでは独りということもありうるので細心の注意を払わなくてはならない。

その後は、また simul adoratur のところで頭を下げ、 Et vitam venturi saeculi のところで十字架のしるしをしたら Credo については終わりである。

当日配られるミサレットには、これらの動作の一部または全部が記されていないであろうから、周りから注目されること請け合いである。しかし、くれぐれも練習を怠らないように。

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荘厳司教ミサの通な与り方1

いよいよ今週の土曜日にカトリックアクション同志会主催の荘厳司教ミサが行われる。年に一度のこのラテン語ミサを心待ちにしている人も多いことだろう。

ただ、いかにラテン語とグレゴリオ聖歌とで捧げられるとはいえ、やはり新しいミサであることに変わりはない(伝統的なノヴスオルド・ミサ?参照)。そのため、聖ピオ十世会の巡回聖堂でトリエント・ミサに与る信徒は、だんだんとこのイベントに参加しなくなるようだ。

では、もしも何らかの理由で荘厳司教ミサに与らざるを得ないときはどうするのか(何もそこまで嫌がらなくても)。そのときはきっと、ノヴスオルド・ミサで簡略化された所作を補いながら与ることだろう。

例えば栄光誦では、司式者が Gloria in excelsis と歌い出したら Deo のところで頭を下げる。以下、Adoramus te, Gratias agigmus tibi, Jesu Christe そして Suscipe deprecationem でも同様にする。最後の Cum Sancto Spiritu で十字のしるしをすれば完璧である。

何も知らない信徒の目には奇異に映るかもしれないが、これこそはトリエント・ミサで普通に行われている、本来の与り方である。よく練習して、本番で実践してみてはいかがだろうか。

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死者のためのミサと献堂式のミサとをカップリングする謎

手元にあるソレム修道院聖歌隊のCDの中に、Défunts. Dédicace というのがある。

死者のためのミサと献堂式のミサ。互いに関係がなさそうな2つのミサを、どうして1つのCDに収めたのか、しばらく理由が分からなかった。どちらも D で始まるから、というのも考えにくい。

その謎が解けたのは、今日ミサ典書を見ていたときのことである。もうすぐやってくる祝日を調べていたら、9日に「至聖なる救世主の大聖堂献堂式」というのがあった。この祝日に固有のミサはなく、献堂式の共通ミサを祝うことになっている。

つまり、11月2日の死者の日のためにこのCDを引っ張り出したら、9日の献堂式のミサの準備にもなる、ということである。良くできている、と感心することしきり。

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死者の日に思い悩む

今日は死者の日なので、全ての死せる信者のために祈るべきところなのだが、拙い祈りを全ての死者のために捧げるとなると、まるで無限希釈のようでもあり、若干の無力感を覚える。

ならばいっそのこと「主の御憐れみを最も必要とする霊魂」のために祈るのはどうか。きっとその方が易しいだろう。

ただ、それがこの記念日の趣旨に合っているかどうかは分からないので、勝手な判断は控えたい。

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どの洗礼名がいいか迷っている求道者への提案

今度のクリスマスにカトリック教会で受洗する予定の求道者は、もうそろそろ洗礼名を考えておくよう言われているかも知れない。

しかし、まだ聖書や聖人伝の読書歴も乏しく、馴染みの聖人も少ない状態では、「好きな名前を選べばよい」などとアドバイスされても困るだけだろう。

それならば、まず最初に、自分があやかりたい聖人のイメージを描いてみてはどうか。

どのような信仰で知られているか、どのようなミッションに携わったか、どのような最期(殉教)を遂げたかなど、およその人物像でよい。

もしも可能なら、使徒、教皇、司教、司祭、修道士、修道女、平信徒、それから天使のうちの、いずれかまで絞り込んでおくことが望ましい。

このように準備した上で司祭や先輩の信徒に相談すれば、思い当たる聖人の名をいくつか挙げてもらうことができるだろう。それらは、かなり有力な候補になるはずである。

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不思議の国のアイリス (10/31 23:23) 編集・削除

最近はそういう方のために、小さな聖人伝が集まった本が出ているみたいですよね。
私はカトリックに導いてくれた教会博士にしましたが。

この人たちの前ではうっかり信仰もミサも語れやしない

今から半年以上前に、長崎の信徒発見と聖ピオ十世会2という記事のコメント欄で、「ピオ十世会の支持者は、神への信仰に熱心なあまり、身近な人への人助けは軽視する人が多すぎます。」と絡んできた輩がいた。

それで、いかなる根拠でそのような言いがかりをつけるのか問い質してみたが、今に至るまで返事はない。きっと回答が出来ないというよりも、書くだけ書いてそれっきり再訪もしていないのであろう。

そんなことを思い出したのは、最近とあるブログで似たような物言いを見つけたからである。

その御仁によれば、聖ピオ十世会は「電車の中で大きな袋を担いで寝ているホームレスのおっちゃんを無視して」いるそうである。何を根拠にそう言うのか、なぜその件で聖ピオ十世会だけを槍玉に挙げたのか、とことん問い詰めてみたい気がする。

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hikky (10/27 18:42) 編集・削除

電車寝ているホームレスなんて、聖ピオ10世会関係なく、普通に、無視しますよね・・・

なんで、そんなことで、いちいち文句を言ってくるのでしょうかね。

全人類の真のお父様 (10/28 10:20) 編集・削除

教区司祭と旅行に行った事がありますが、物乞いを普通に無視していました。別にピオ会だけじゃあるまい。

管理人 (10/28 21:36) 編集・削除

毎度ハンドルネームを変えて投稿するのは止めてもらえませんかね。

全人類の真のお父様 (10/29 17:39) 編集・削除

行っておきますが、私となかしょうこさんとは完全に別人物ですよ。勘違いもいいところです。もう少しご自身の御発言に責任を持たれたらいかがですか?

管理人 (10/29 22:56) 編集・削除

全人類の真のお父様さん、それでは今度ミサで会ったら名乗り出てください。そうして他人だとハッキリしたら謝りますし、ここにも報告しますから。

管理人 (10/29 23:06) 編集・削除

そのようなわけで、全人類の真のお父様さんが名乗り出るまでここは一時凍結したいと思います。それまで書き込みはご遠慮下さい。

管理人 (11/21 17:53) 編集・削除

本日、聖ピオ十世会のミサがありました。「全人類の真のお父様」が出席していたかどうか知りませんが、名乗り出る人はいませんでした。以上、報告いたします。