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「カンニング」という言葉の意味について

埼玉県の所沢高校で「カンニングを疑われ」自殺した生徒の母親が、県を相手取り損害賠償を求める提訴をしたという新聞記事を昨日読んだ。答案を覗き見たかどうかという水掛け論かと思いきや、物理の時間に日本史のノートの縮小コピーを見ているのを、監督の教員に見つかったのだという。

日本史はその前の時間の試験教科だったということなので、この行為が物理の答案作成に影響したということはないだろう。そして、これがいわゆる「カンニング」に当たるかどうかだが、この点を争うことはあまり意味がない。と言うのは、一般に認識されている「カンニング」の意味は、試験を有利にするために不正をすること、といったところであろうが、学校側が不正行為と見なす範囲はもっと幅広いからである。

通常、定期考査では、筆記用具以外のものは机の上に出さない、机の中にも入れないことになっている。だから、メモが見つかったという事実があれば、他教科であろうが、まだ答案に書き写す前であろうが、学校側はこれを不正行為と見なすはずだ。

しかし、この生徒にとっては、自分の取った行動は「カンニング」ではなかったわけである。提訴した母親も同じように考えているようだ。もちろん、これは思い込みに過ぎない。学校側は、生徒の行為が客観的にどのような意味を持つのかを説き、淡々と処分を通告すべきであった。これで自殺が未然に防げたかどうかは分からないが、今回の提訴までには至らなかったのではあるまいか。

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