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駆け込み乗車が本当に危険ならば

電車のドアが閉まる間際になると、ときおり駆け込み乗車しようとする者がいる。自分ならば、発車メロディーが鳴り終わったり、車掌の笛が鳴ったりしたら潔く諦めるが、彼ら(女性もいるが、多くは男だからいいだろう)は一か八かでドアに突進する。そのため、閉めかけたドアをまた開けることもしばしばである。

そんなとき、「駆け込み乗車は危険ですからおやめ下さい」と車掌が車内放送で注意するのだが、あまりにもソフトすぎて迫力がない。本当に危険という認識を持っているのか、疑わしくなってしまう。駆け込んだ者が車内で気まずく思うくらいには、しっかり叱って欲しい。本当に危険だと思うなら、多少言葉の調子が荒くなっても思いは伝わるのではないだろうか。

クレジットカードはもう要らない

先日地元に新しい店がオープンしたのだが、実際に訪れたのは昨日が初めてだった。店内をいろいろ見ていたら、店員が声を掛けてきて、ポイントカードを作るよう奨めてきた。これからも月に何度かは利用するし、入会してもいいかと思い、話を聞いていた。

すると、店員はクレジットカードタイプの方がお勧めだと言い出した。ポイントも割り増しになるのだと言う。だが、これには呆れてしまった。たった1パーセントのポイントがもう1パーセント増えたところで、どうだと言うのだろうか。それくらいなら、どうしても必要というわけではない商品を1つ陳列棚に戻した方が、ずっといいのではないだろうか。

それに、クレジットカードは、今持ってるだけで十分だ。毎月の明細書がカードの数だけ送られてくるが、メインにしているカード以外のはただ邪魔なだけである。まして、これがもう1つ増えるのは、例え年会費が無料でもお断りだ。そういった訳で、結局普通のポイントカードを作り、精算時に利用した。獲得したポイントは6点であった。

防災行政無線について思うこと

どこにでもあるものかどうかは知らないが、地元には防災行政無線なるものがあって、光化学スモッグの警報をしたり、迷子のお知らせをしたり、夕方には「夕焼け小焼け」のメロディーを流したりしている。

だが、気が付くのが放送の途中だったり、内容が良く聞き取れなかったりすることが多々ある。そのようなとき、何としても聴こうという気はあまり起こらない。というのも、そのほとんどが自分に関わりのないことだからである。自分でも驚くほど無関心だとは思うけれども、理由を正直に言えばそういうことになる。

そのような内容は、放送で流すと同時にウェブ上でも発表したらいいのではないか。そうすれば、放送が聞き取れなくても、情報を把握することができるからである。また、こうしてサイトに立ち寄った人が、ついでに他のページも閲覧するならば、地元の広報課にとってもメリットがあるのではなかろうか。

「お巡りさん」を知らない生活

先日、パトカーが近所をパトロールしているのを見かけた。普段見かけるパトカーは、巡回中なのか移動中なのか判然としないし、特に詮索もしない。だが、狭い道を通るのは珍しいので、これは明らかに見回り中だと分かった。

よく考えてみると、私は自分の住む区域を担当する警官の顔を知らない。最寄りの交番は家からさほど遠くないところにあるが、普段の生活ではめったにその前を通らない(別に避けているわけではない)ということも一因だろう。

テレビドラマや漫画では、住民と挨拶を交わすお巡りさんがよく登場する。けっこう普遍的に登場することから考えて、かつてはこのような警察官がいたのだろう。今は現実的にこのような交流は無理かもしれない。ただ、それが普通であるとしても、何かが欠けている気がしてならない。

安くならない家電製品

昨日、家電量販店のチラシを久々にじっくり見ていて、驚いたことがあった。ブラウン管のテレビがすっかり消えていたのだ。液晶とかプラズマに押され気味であったことは知っていたものの、まだ細々と売られていると思っていたのに。もしかすると、一部で売られているブラウン管テレビも、実は生産そのものが中止となっているのではないかと危惧せざるを得ない。

かつて高価で手が出なかった製品が、だんだん安くなって手に入り易くなるのは嬉しいことだ。だが、もっと安くなるかと思ったら、値段を買えずに機能を追加したり、新方式導入で性能向上と引き替えに高価な商品へと切り替えを迫られたりする。どの分野の電気製品でも、このようなことを繰り返してきた気がする。

そう言えば、かつては数万円で買えたワープロが店頭から姿を消し、今では高価なパソコンとプリンターを購入しなければ、文書の作成・印刷はできなくなった。同様に、安価なブラウン管テレビで地上波放送を見られる時代も、もうすぐ終わろうとしているようだ。

ユニセフ募金にご協力・・しない

昨日、駅前でユニセフの募金活動をやっていた。あやしい街頭募金が多い中、ここは母体もしっかりしており、その場で協力するのに抵抗はなかった。だが、ユニセフと言えば、常任理事国でもない日本があれだけ拠出金を出している国連の一機関ではないか。この上日本人から金を搾り取るのは、いかに別会計とはいえ解せない。そして、日本全国でいくら集まったところで、手柄は日本でなくユニセフのものなのだ。そもそも、ユニセフ職員の給料のためにどれだけの善意が消えているのだ。もっと効果的な金の使い方がきっとあるに違いない。・・・以上が、わずかな小銭を出すのを惜しんだ言い訳である。

女性専用車両がお目見え

今日から埼京線に女性専用車両が導入された。一般論として、女性の特別扱いはどうかとは思うが、痴漢からの保護を目的としたものならばいたしかたあるまい。

男としては、間違って女性専用車両に乗ってしまわないかどうかが心配だ。普段使わない駅だったり、急いでいるときなど、標識に気が付くとは限らないからだ。専用車両をピンクにでも塗ってもらえれば、一目瞭然なので有り難い。また、女性がその専用車両へと車内をぞろぞろ移動するのは、自分たちが疑われているようで居たたまれないだろうが、それくらいは耐えてもいい。

そうして専用車両ができたことにより、普通車両内の女性の比率は減るわけだが、そのために女性にとってかえって危険な状況が生まれはしないだろうか。普通車両で痴漢に遭った女性は、「なぜ専用車両に乗らなかったのか」と、まるで落ち度があったかのように非難されてしまうのだろうか。また、(年齢や、言いにくいが・・・容姿の点で)痴漢から狙われる可能性の比較的少ない女性が、専用車内で冷たい視線を浴びないだろうか。男が心配しても仕方あるまいけれど。

大企業の募金活動

最近、あちこちでスマトラ島沖地震の被災者を支援するための募金活動が行われている。それはそれで結構なことではあるが、腑に落ちないことがある。マスコミを含めて、なぜ大企業とあろうものが一般の人から金を集めるのだろうか。平均すれば、呼びかけられている人たちよりも、呼びかけている企業の社員たちの方が収入が多いはずである。全国にチェーン店のあるレストランやコンビニエンスストアーが、レジの脇に置いた募金箱で小銭を集めるのも解せない。ポスターを貼って客に呼びかけてはいるが、自分たちがどれだけの負担をするのかが見えてこない。そんなことよりも、ある期間中の売り上げの何パーセントかを被災地に送るというのはどうだろうか。そうすれば、その企業も相応の負担をしていることが理解されるし、客の方だって、ここで買い物しようか、一品多く買ってやろうかという気になるだろうに。

音漏れ

日記で公衆道徳を説くのも野暮だが、イヤーレシーバーの音漏れには辟易する。電車内は振動音やアナウンスだけでも十分うるさいところだから、そこで音楽を聴くのは愚かしいことだ。無理に聴こうとすれば、かなりボリュームを上げなければならない。その音量設定のまま静かなところで聴いたら、かなりうるさいと感じるだろう。それだけで、耳に良くないことをしていると気が付かなくてはならない。

(無題)

コーヒーが好きで、よくド・トールなどで飲んでいる。ほとんどの場合、一番安いブレンドを注文する。だが、店によってはメニューに見当たらない。すると、「本日のコーヒー」が一番希望に近いことに気が付く。しかし、そこで素直に「本日のコーヒーを下さい」と言うことができない。「本日」というフォーマルな言葉を、客として使うのは何か変な感じがするのだ。かといって、「日替わり」が符帳として通用するか試してみる勇気はない。そんなときは、数十円高いカプチーノか何かを啜る羽目になるのである。

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