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加害者の気持ちも考えよう

ここのところ、飲酒運転による轢き逃げ事件のニュースがよく入ってくる。この間、福岡で3人の子供が亡くなるという痛ましい事故があったばかりだというのに。せめて大きな事故の直後くらい、酒を飲んだら運転するのを控えられないものなのだろうか。もちろん飲酒運転は常に許されないことなので、それを一定期間だけでも自粛しろというのはおかしな話だ。しかし、そういう人間らしい反応が期待できなくなっているのも事実なのである。

反対に、酒を飲んだドライバーは、事故を起こしてしまってからは実に人間的な反応を見せる。法の裁きと償いを選ぶか、その全てから逃れるか、二つに一つの選択を迫られて、安易な方を選ぶ。何をしなければいけないかは分かっている。だが、明日は大事な用事がある。現場検証も取り調べも、今だけは勘弁してほしい・・・。

飲酒運転に対する厳罰化を叫びたくなることはままある。それが実現すれば、飲酒運転をいくらか防ぐことができるかも知れない。しかし、事故を起こしてしまったときに、いかに逃げたくなる気持ちを抑えて、自首に向かわせるかという手だても考えたい。加害者不明では、その罰すら与えることができないのだから。

シンドラー社のエレベーター死亡事故への対応について

シンドラー社が、自社製エレベーターで死亡事故が起きたことを受けて出した声明に対し、憤った人は多いことであろう。原因は、謝罪の言葉がなかったことにある。

しかし、よく考えてみれば、どれだけ可能性が高くとも、今はまだ因果関係が証明されたわけではない。それはゆくゆく裁判で争うことでもある。そうすると、この段階で責任を認め謝罪するのは拙速という見方もできる。

「とにかく謝っておけ」というのは、謝れば万事丸くおさまるときだけの話である。他に責任とか賠償とかが絡んでくると、そう簡単にこの勧告に従うわけにはいかない。釈然とはしないが、謝罪の言葉を引き出す前に、事故の原因究明が最優先となるだろう。

責任の取り方はいろいろ

東横インの社長による涙の記者会見をテレビで見た。記者の質問に対して、ただ詫びるだけで答になっていないようなところもあったが、それはよくあることだから気にしなかった。だが、記者が「辞めないのか」と執拗に質問していたのは、気になるを通り越して不愉快ですらあった。

もちろん責任は本人も認めるように、指示を出した社長にある。だが、今差し当たって必要なのは、改造した部分を元に戻す工事をすることである。この後始末をきっちりやり遂げることだって、この社長の責任であるはずだ。いろいろなケースがあるのだから、何でも即辞任すれば済むという問題ではない。

むしろコミュニケーションの問題

耐震強度の書類を偽造したと言われる一級建築士・姉歯秀次氏が記者の取材に答えている映像を観た。司会やコメンテーターは一様に、「他人事のようだ」という非難をしていた。私も確かにそのような印象を受けた。姉歯氏は人間として問題があると感じた人もいるに違いない。

しかし同時に、そこで起きているのは、コミュニケーションの問題のようにも感じた。記者たちは反省の弁を引き出したかったのだろうか、建築士に対する非難を質問の言外に込めていた。一方、姉歯氏は、聞かれたことになるべく客観的に答えようと努めていた。そのため、質問を文字通りに質問として受け取って、それに対する回答をしてしまうのである。質問に対する答えは返ってくる。だが、気持ちが伝わってこない。それが「他人事のようだ」という印象を与えたのだろう。

殺人事件に関する愚考

高校1年の男子生徒が、女子生徒が同級生を刺殺したという事件が報じられた。男が(元)交際相手の女性を殺した場合、その理由はたいてい、別れ話を切り出されて、復縁を迫ったが断られて、といったものである。しかし、好意を寄せているはずの女性を、それだけの理由で殺すことができるものなのだろうか。

こういった事件が起きた場合、同棲など二人の関係から明白なケースもあるが、まずその男女には肉体関係があったと考えられる。それが別れるとなれば、あるいは復縁が叶わないとなれば、自分が持っていると思い込んでいた女性の体に対しての「既得権」が決定的に失われてしまう(それとて、正式に結婚していないのだから思い上がり以外の何物でもないが)。そして、女性はこの大切な「既得権」を奪い取ったのだから、許すべからざる存在となってしまうのだ。その遠因が性衝動にあるという意味では、性犯罪の一種と言ってもいいのではあるまいか。

この高校生たちが実際にはどういう関係だったか詮索するつもりはない。そのように考えた方が、男子生徒の行動が理解しやすい、というだけである。もしもこの仮説が当てはまらないならば、かなり病的なストーカーと考えざるを得ない。

事故の原因を究明するためには

杏林大病院で、呼吸補助器具の取り扱いミスのために、男性患者が死亡する事故が起きていたことが分かった。原因は、呼吸器のキャップを取り外すのを忘れたためだという。

キャップを外し忘れることが命に関わる手順であるならば、メーカー側の工夫も必要ではないだろうか。手順を怠ると一目で分かるような色をつける、順番に作業しないと患者に取り付けられないようにする、といったような具合にである。

事故の再発を防止するためには、原因の究明が不可欠だ。しかし、雇用者側は、ミスをした当人が原因を話しているのに、それを言い訳として退けてしまう悪い癖がある。また、その個人特有の問題と結論付け、懲罰的人事や「日勤教育」を行う例もあるが、それは誤魔化しでしかない。事故の原因は、虚心坦懐に究明してほしいものだ。

JR福知山線の脱線事故について

JR福知山線で脱線が起き、多くの死傷者が出たことは痛ましい限りで、言葉もない。同じ悲劇が二度と起きないように、原因究明は是非ともやってほしいものだ。

ただ、専門家の見解が必ずしも一致しておらず、科学的な議論というよりは、まだ仮説を主張し合っているだけに思える。単に一般論を述べているだけで、個別の車両の規格や現場の条件を考慮に入れていないからだろうか。

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