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正平協は看板に偽りあり

カトリック正義と平和協議会が、北朝鮮のミサイル発射に沈黙している。日本の平和を脅かすあの暴挙から、もう2週間になろうとしているのに、未だに何の声明も出していない。

これが正平協の仕事のペースなら仕方がないが、決してそうではない。声明の書き手についていえば、少なくとも会長と事務局長とがいる。さらに、香田証生さんが殺害された数日後には自衛隊撤退を求める声明を出したという実績がある。だから、遅れているということはありえない。

確かに、正義と平和に反するからといって、ありとあらゆる事象に声明を出して噛みつくという訳にはいかない。守備範囲も得手不得手も、時間と労力の制約もあるだろう。しかし、北朝鮮のミサイルは、戦争の道具であり、日本人の生命に対する具体的な脅威でもあるのだから、何ごとにも優先するはずだ。「正義と平和」を標榜する団体ならば、何らかの抗議をしてしかるべきだ。さもなくば、偽りの看板を降ろすべきである。

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カトリック司祭職の概念はどうなっているのか

先日行われた東京教区の司祭叙階式説教を読んでみた。日本の司教がカトリックの司祭職というものをどのように考えているか、窺い知ることができるのではないかと思ってのことだ。

読んでみると、私にとって都合のいいことに、大司教の考えは端的に表現されていた。「司祭は弱い人、貧しい人へ奉仕するために司祭の権能を受けます」とのことであった。同様のことは、司祭養成の段階でも教えられていることだろう。

弱い人、貧しい人への奉仕は結構だ。しかし、それは修道士でも修道女でも一般信徒でもできる。こんなことは司祭の主要な使命であるはずがない。そもそもこの叙階式で与えられた司祭の権能というのは、救霊に必要な秘跡を執行するためのものではないか。

司祭が減り、召命も減っている今、今回の叙階は信徒にとって喜ばしい話である。なぜなら、それは、これからも小教区が維持され、ミサが行われ、秘跡が受けられるということだからだ。だが、人々への奉仕者というアイデンティティーを持った司祭たちが、この期待に応えることができるのか。それはとても疑わしい。

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正平協と教科書

昨日杉並区で、中核派の妨害にもかかわらず、扶桑社の歴史教科書が採択されたことを伝えた。そう言えば、正平協(カトリック正義と平和協議会)も採択に反対してたはず、と思ってウェブサイトを見たら、案の定「不採択のお願い」なる文書をあちこち送りつけている。こんな暇があったら、世界史の教科書に載っている「免罪符」という間違った歴史用語や、カトリックの家庭観と相容れない家庭科の教科書の記述を改めさせるべく努力してほしいものだ。

信徒に恥をかかせないで

「台湾の声」というメールマガジンを購読している。活発に情報発信を行っており、メール数も多いため、興味のあるものだけを読むようにしている。そんな中、今日配信されたメールの中に、このような一文があった。「『カトリック正義と平和協議会』は、朝鮮総連の日本赤化組織であることが判明しております。」

調べたところ、このメールマガジンの読者数は6000人以上だ。それだけの読者にこの醜聞が送られたかと思うと、何とも恥ずかしかった。しかし、多少の誇張はあったとしても、すでに雑誌等で明らかにされていることである。身内の恥とて今更隠す必要もあるまい。信徒としては、批判の矛先が彼らにだけ向かうのを願うのみだが、都合が良すぎるだろうか。

カトリック聖職者の社会活動について

昨日の日記でカトリック正義と平和協議会について触れたついでに。

以前から、カトリックの司教や司祭が社会運動を展開することを、信徒として不愉快に感じていた。ただしそれは、私個人が敵視している左翼団体と連携していることに対してであって、運動をすること自体に対するものではなかった。

しかし今では、司祭職のあり方から逸脱しているという点で問題があると考えている。というのは、司祭はまず第一に、司祭にしかできないこと、つまり秘跡の執行のために叙階されており、司牧や社会運動は二の次のはずであるからだ。

司祭でなくてもできることは、ブラザーやシスター、平信徒に任せて、本来の司祭職を努めてほしいものである。もし口を出したいならば、生命倫理のような問題を論じる場に出てきて、堂々とカトリックの立場を述べればいいのだ。いつ起きるか分からない戦争に反対するよりも、明日にも闇に葬られるかも知れない胎児の命を気にかければいいのに、といつも思う。

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ロシアの奉献を求める署名運動

現在、ファティマ・センターでは、全世界の司教と一致して聖母の汚れ無き御心にロシアを奉献するよう、教皇ベネディクト16世に求める署名運動 Petition to the Holy Father が行われている。フォームに氏名や住所を書き込んで Submit ボタンを押すだけなので、是非ともご協力を願いたい。

この奉献は、聖母がファティマのシスター・ルシアを通じて教会に要請したものである。実現すれば、ロシアが回心し、平和が訪れることが約束されている。しかし、後にロシアを含む「全人類」とか「世界」という曖昧なかたちで何度か奉献はされたものの、その有効性は疑わしい。

日本の司教団は、世俗の社会運動家たちと手を結び、正平協(カトリック正義と平和協議会)の活動に熱心なようである。だが、彼らに本当の信仰があり、本気で平和を願っているのなら、ぜひとも率先して他国の司教に呼びかけ、教皇にロシアの奉献を求めていくべきだろう。また、その方がよほどカトリック的であるはずだ。

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邦人枢機卿の心得違い

昨日の読売新聞の朝刊に、次期教皇を選ぶコンクラーベを前にして、白柳・濱尾両枢機卿にインタビューした記事が載っていた。次の教皇はどのような人物が選ばれるべきか、どのようなことを期待しているか、といった内容であった。それを読む限り、教皇というものを国際的社会運動家か何かと勘違いしているとしか思えなかった。それは、教会というものを勘違いしているも同然ではなかろうか。おそらく、取材に応じた両枢機卿も、自分たちの立場に社会的使命を感じているのだろうが、それは本来の役割ではないはずだ。司教も含め、もっと信徒の霊的利益を考えなければならない。カトリック信徒として、非常に残念に思う。

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