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教会ラテン語のテキストを製本

SIMPLICISSIMUS という教会ラテン語のテキストがある。PDFファイルとして公開されているので、誰でもダウンロードすることができる。ただし、全部で170ページを超えていることを考えると、やはり本の体裁になっている方が使いやすい。大きくて厚くて扱いにくかったが、何とか表紙をつけて完成することができた。

そして今は、ありがちな問題に直面している。製本する前は、製本されていないことを言い訳にして、なかなか勉強に取りかからなかったのだが、今は一つの作品を作った満足感に浸って、やはり勉強する気が起きてこないのである。

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語学学習には筆写と音読が効き目あり

毎週末の「教会ラテン語の予習」のため、ラテン語本文を書き写してみることにした。すると、書き写すのはなかなか大変で、大して長い本文ではないのに、軽い疲労感すら覚えた。

これが英語であれば、文法的に区切って文節ごとに書き写すことができるわけだが、ラテン語の場合はそうは行かない。よほど見慣れた表現でない限りは、一語一語、時にはスペルを一字一字確認しながら作業を進めなければならないからだ。また、音読をしてみれば、短い単語が続くときは調子よく読めるが、長い単語に出会うとすぐに止まってしまう。

書き写しも音読も、自分の弱点がしっかりと自覚できるという点で、非常に優れた勉強法である。こういう勉強法は、國弘正雄氏の『國弘流 英語の話しかた』で昔から知っていたはずなのに、いつしか安きに流れ、いつも十分に成果を出せなかったのは残念に思う。

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やはり語学は文法をしっかりと

ラテン語ミサやグレゴリオ聖歌に関わるようになってから約2年になる。その間にいくらかの表現や単語などは馴染みとなったが、どうも雑学知識の域を出ない。ラテン語の初歩を知っているとすら言えない状態だ。だが、それは、本格的に学んだことがないのだから仕方のないことだ。

今、ラテン語を目にすると、文法知識のなさを痛感する。足りないのではなくて、ほとんどないのだ。もしも、誰かがラテン語を教えてくれるとか、ラテン語の教材を買う機会があるとしたら、会話でも購読でもなく、文法を学びたいと思う。

変わり行く古書店

古本屋に久々に立ち寄ったら、以前とは店内の配置が変わっていた。文庫や新書やハードカバーの類は半減し、その代わり漫画のスペースが大幅に増えた。もはや主力商品の扱いである。よく考えてみると、インターネットの中古市場で出回っている商品の割合も、このようなものなのかも知れない。在庫がある以上は陳列スペースを確保するのは当然だろう。ただ、これ以上一般の本が追いやられるとしたら残念なことである。

格安語学教材でイタリア語を学ぶ 2

以前紹介したイタリア語教材の CD は、ラジカセにセットしたままにしておいて、時々思い出しては、テキストを見ずに BGM のように聴いている。学習というにはほど遠いが、これでもいくらかの表現を覚えることはできるだろう。そのうちテキストを開いて、反復しながら進もうと思う。

そうやって、CD の音声に合わせて発音を試みているのものの、なかなかイタリア語らしい発音は難しい。基本となる A の母音はいろいろと口を動かしてみても、ナレーターの発音に近くならない。イントネーションは割と高く上昇させなければいけないし、下降するときは下がりすぎてもいけない。まるで声帯模写のような関心の持ち方だが、語学学習にはそういった要素もあるはずだ。

格安語学教材でイタリア語を学ぶ

近々始まるトリノ冬季五輪とは無関係に、来月にイタリア人の司祭が来日することを思い出して、少しイタリア語を学んでおこうかという気になった。主な会話は英語でするわけだが、ときどきイタリア語の表現が口から出るくらいにはしておきたい。その程度の必要性なので、100円ショップで本と CD とを買い求めた。

だが、安いからとあなどってはいけない。テキストは小さくて薄いようでいて、実は中学校の英語教科書2年分くらいの分量はある。CD は通して聴くだけでも1時間かかる(しかも、繰り返しはないから密度は更に濃い)。何度か繰り返すことができたらいい方であろう。

洋書の読み方

オーストラリアで英語の本を買い込んだはいいが、ほとんどが小冊子だというのに、まだ手つかずである。家で読もうとするよりも、喫茶店などで一気呵成に読み進めた方がいいのだろうか。そうすると、コーヒー代も相当なものになりそうだ。

フランス語の勉強

最近、周囲からフランス語を学ぶように言われている。もちろん、私がフランス語を知らないからである。大学ではフランス語を履修しなかったし、旅行用程度にも学んだことはない。フランス語圏に旅行する計画もないので、学習計画もない。それに、今から学んだとして、会話についていけるはずもない。

しかし、フランス語圏の友人がおり、またその友人を紹介されるため、その必要とプレッシャーはますます高まっている。

数独パズルについて

最近、数独パズルがイギリスでブームだと聞いた。新聞には必ずと言ってよいほどクロスワードがあり、対戦者がボキャブラリーを競う Countdown というクイズ番組もあるような国だ。パズルの題材が単語から数字に変わっただけだから、イギリス人が興味を持つのも特別不思議ではない。

確かに面白いパズルで、私も一時期夢中になった。ただし、それはあくまでも週刊紙に載っているものを解いただけである。これを専門誌や本を買ってまで解こうとは思わない。あくまで、たまに、暇つぶしとして楽しむくらいがいい。

だが、1ヶ月くらい前だったか、電車に載っていたら、かなり年輩の人が乗車してきてこのパズルに取り組んでいた。しかも持っていたのは単行本であった。残り少ない人生を、このようにパズルに費やすのはいかがなものか。余計なお世話と言われればその通りなのだが、とても残念な気持ちがした。

早稲田の古本屋

今日は久々に早稲田の古書店街を歩いた。歩いただけならばいいが、やはり何かしら買ってしまう悪い癖が出た。少し反省しなければならない。

それでも、高いと感じる本は遠慮したわけだが、売値はいつも適切についているとは限らない。値段の交渉をしてみたくなることもたびたびある。と言っても、あまり馴染みでもない店で値引きを頼むのは気が引ける。

こういう場合、店の主人は、あきらめて黙って立ち去るくらいなら、むしろ声をかけて欲しいと思っているのだろうか。一度訊いてみたいものである。

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