記事一覧

トップ > 北朝鮮拉致問題

行ってきた国民大集会

今日の午後は、日比谷公会堂で行われた国民大集会に行ってきた。正直なところ集会は飽きてきていたので、行こうか行くまいか悩んだが、支援者同士の交流も大切ということで、無理して行くことにしたのだ。

今回は、拉致議連の国会議員たちも相当気合いを入れていたようで、ほとんどの議員が、議員としての立場からというより、自らの信念を語っていたのが印象的であった。韓国の家族会代表や国会議員やジャーナリストの話も聞くことができ、しかも私が期待していたより興味深かった。

また、今日は家族会の主要メンバーが先約である水戸の集会に出ていたため、話をする時間はほとんどなかったが、これまでも十分に家族の話を聞いてきた自分としては、バランスが良かったと思った。

もっと書きたいこともあるのだが、今日はこれまでにする。明日以降、気が向いたら詳報を書くかも知れない。

related page(s) 拉致議連 家族会

北朝鮮の妨害電波と日本政府の対応

特定失踪者問題調査会が運営する北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」に対し、北朝鮮側からジャミングと呼ばれる妨害電波が出されていることが判明した。安倍官房長官もこれを明らかにし、記者会見で遺憾の意を表明した。

しかしながら、日本政府はこの放送に関わっておらず、資金援助も当然していない。それ以前に、この短波放送を含めた一連の運動は、本来は国が行うべきものであるにも関わらず、民間の団体がカンパを集めて行っているのが実状だ。北朝鮮に対して黙っているわけにもいかないが、このような事情では日本政府が何を言っても迫力を欠いてしまう。

この件は、拉致議連に所属する安倍議員だからこそ、わざわざ取り上げてくれたのだろう、一言言ってくれたのだろう、と理解している。だが、もしもこれが安倍議員以外の、例えば前官房長官の細田議員の発言だとしたら、全く同じように受け止めることはできなかったと思う。本当はその方が、拉致問題に関する政府の取り組みの問題点を浮き彫りにしたかも知れないと思うと、複雑な思いだ。

related page(s) 北朝鮮拉致問題

おい、金正日!

政府が拉致問題解決に向けて作ったというポスターの図柄を、今日になって初めて見た。キャッチフレーズの「拉致 日本は見捨てない」の方は、産経新聞のコラムで酷評されていたのを読んだが、デザインはさらに酷いものだった。

その構図は、拉致被害者の片方の靴が道に残されている、というものだ。まず、このセリフを誰に喋らせているのかがよく分からない。また、拉致被害者救出運動のシンボルカラーである青系統が、避けたかのように使われていないことも気にくわない。日本の決意が示されているどころか、無気力ささえ感じた。

それにしても、これは拉致が起きた後のどの場面を捉えたものなのだろうか。靴が片方落ちているのを見つけただけでは、拉致かどうかも不明のはずだ。どちらかと言えば、第一発見者が、この靴はどうしたのだろうか、誰かが落としてしまったのだろうかと、不思議がっている段階の絵である。少なくとも、主人公の刑事が「絶対に取り戻す」と決意をするような場面ではない。

いっそのこと、とある指名手配のポスターのように、金正日の顔写真に、「おい、金正日!」とか、「拉致被害者を帰せ」とかのコピーでも載せた方がいい。単なるパロディーで独創性はないが、はるかにメッセージ性はある。

related page(s) 北朝鮮拉致問題

韓国人の考える拉致問題の解決とは

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの夫である可能性の高い金英男氏の母親が、韓国国会の聴聞会に出席した様子を、テレビで観た。日本の横田さん夫妻、有本さん夫妻も高齢ではあるが、もう82歳にもなる老母の訴えはさらに悲痛なものであった。

ただ、テレビの編集のせいなのか、「息子に会いたい」と繰り返すばかりなので、まさか板門店で面会することを念頭に置いているのではないだろうかと心配になった。海を隔てた日本人には被害者を帰国させることしか思いつかないが、韓国では必ずしもそうではないことを気付かされた。

老いた母親は自分の思いを口にしただけだと思いたい。しかし一方で、拉致問題解決の糸口がなかなか見出せないとなると、板門店で面会という妥協案に流されてしまう韓国人は少なからずいるのではないだろうか。杞憂であってほしいのだが。

related page(s) 家族会

拉致関連のイベントは宣伝をしっかりと

昨日渋谷で拉致被害者家族と救う会とが街宣活動を行ったことを、今日になって知った。最初は、何故東京の行事なのに今まで知らなかったのか、何故救う会は事前に宣伝をしないのか、と思ったのだが、どうやら北朝鮮外務次官の金桂寛が来日したことを受けて緊急で開催したものらしい。そう言うわけで、この件については事情を理解して納得した。

だが、この頃気になることもある。私はこれまで、拉致関連の集会情報は主に電脳補完録というサイトのカレンダーに寄せられた情報を頼りにしてきた。しかし、ときどきいくつかのイベント予定が書き込まれていないことがあるのだ。そして、書き込まれているものも、いくつかはサイト管理人が代行しているという状態だ。

私も含め、集会や署名運動に関わっている者は、宣伝の責任者であるなしを問わず、取りあえず書き込みしてみたらいいと思う。バッティングしたら譲ればいい、というくらいの気持で。

related page(s) 救う会

映画に初出演か

北朝鮮による拉致被害者である横田めぐみさんと、その救出運動を題材とした映画「拉致-めぐみ物語」の予告編を観た。すると、ほんの短い時間ではあったが、この運動に関わっている知り合いが写っていた。増元照明氏の選挙運動や、国会前の座り込みの映像もあるので、本編では私もどこかに写っている可能性がある。果たして映画デビューなるか。

related page(s) 家族会

一度くらい会ってやれないのか

ときどき拉致被害者の家族が漏らす不満の一つに、小泉首相は自分たちに会ってくれない、というものがある。もちろん一国の首相なのだから、スケジュールが埋まっていたり、時間は空いていても何かの準備で忙しかったり、ということもあるだろうとは思う。

しかし、スポーツで活躍した選手と会談したとか、どこどこのイベントに参加したとか、ミス○○と一緒に写真を撮ったとか、そういったものをテレビで見たりすると、どうしてもその日である必要もなさそうだし、キャンセルだってできないことではないように思われる。今後も、「今日の小泉総理」を見るたびに、「そんな時間があったら」という感想を抱かずにはいられないだろう。

related page(s) 家族会

国民大集会を運動拡大の足がかりに

西村眞悟議員の逮捕で多少気落ちした感のある拉致被害者救出運動だが、今月の国民大集会を成功させようと張り切っている人たちもいる。危機をバネにしているわけだ。それはいい心がけだし、私も集会の宣伝に協力するのに吝かではない。

ただ、何をもって成功と言うのだろうか。例えば東京会場は今年の4月にも使った日比谷公会堂である。おそらく今度も、定員約2000人のホールが満員となり、会場の外に同数あるいはそれ以上の人が溢れ、家族会の方々の話に声援が、拉致議連の先生方の話に拍手が送られる。最後に大会決議文が読み上げられ、多いに盛り上がって閉会することだろう。それを成功と呼ぶなら、きっと成功するに違いない。

仮にそれを成功と呼ぶとして、これで拉致問題の解決に向かって少しでも前進するだろうか。例えどれだけ集会が盛り上がっても、アフターケア(あまり和製英語は使いたくないが)がしっかりしていなければ、何も残らなくなってしまう。閉会の後、ボランティアの人たちが一生懸命カンパや署名を呼びかけているが、本当に必要なのはボランティアの募集であろう。各地で行われる署名活動やビラ配りに、あと1人でも2人でも人手があればずっと能率的になる。今度の国民集会は、それ自体を目的とするのではなく、国民運動として発展させるための手段とすべきである。

横田めぐみ写真展

今日は、有楽町で行われている横田めぐみさんの写真展へ行ってきた。多くの人の関心を集めているようで、拉致関連の下手な集会よりも大勢来ているように思われた。これは是非とも全国展開すべきである。家族を奪われることの悲惨さを、多忙な横田夫妻の代わりに、写真が雄弁に物語ってくれるはずだ。

related page(s) 家族会 救う会

家族会・救う会の街頭活動

今日の昼、銀座で、家族会・救う会による街頭活動が行われた。予定は知っていたが、東京だから人手は足りてると考えて、特に応援しには行かなかった。聞くところによれば、配っていたチラシが1時間でなくなったそうだから、足りなかったのは人手ではなくチラシの方であったらしい。

一方で、最近は全国各地で拉致関連の集会が流行している。日本のあちこちに救う会などの団体が旗揚げされ、大小の会場を借り、家族会のメンバーを招いて講演会や集会を行っている。私も国民集会に参加したときは、会場を埋め尽くした聴衆と、盛大な拍手とに圧倒され、これはかなり強力な支えになると思ったものだ。

ところが、増元氏が参院選に立候補し、都内各地に選挙運動を展開した後では、どんな大きな集会でも満足できなくなってきた。もちろん、選挙の得票数と集会の入場者数を単純に比較しているのではない。集会は支援者の総会のようなものであるが、選挙では必ずしも強い関心を持たない一般の人に呼びかけることができたからだ。

であるから、今回、家族会・救う会が街頭活動を行うと聞いて、それはいいことだと感じた。大切なのは、より多くの人に感心を持ってもらうことであって、会場を「リピーター」で埋め尽くして体裁を整えることではない。家族会を支援する団体は、これを機に定式化した運動を見直して欲しいものである。

related page(s) 家族会 救う会