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海軍記念日

今日は海軍記念日。日露戦争において我が国の連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を破った日である。横須賀の三笠公園では記念式典があったらしいが、遠いし、招待者が優先、ということなので、比較的近い靖国神社へ行くことにした。

靖国神社においては「異教徒」ゆえ、参拝はせず遊就館へ直行。館内のミニシアターで「明治天皇と日露大戦争」という映画を観た。昭和天皇を描いたロシア映画が少し前に話題になっていたが、このように明治天皇を描いた邦画もあったということは知らなかった。なかなか興味深い映画で、これだけでも拝観料分の価値があった。

そうやって予備知識を仕入れた後では、いかに歴史と軍事に疎い私でも、比較的楽に展示を見ることができた。でも、まだまだ勉強が必要だ。

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西村眞悟議員の核武装議論

昨日のTVタックルで、西村眞悟議員が、正確なフレーズは思い出せないが、核武装をすべきだと確かに発言した。知っている人も多いかと思うが、西村議員には、かつて防衛政務次官のときに「核武装を議論すべき」と発言し、辞任に追い込まれた経歴がある。しかし、「核を持つべきと言ったわけではない」という擁護の声もあり、私もその説明に納得し、辞任には値しないと思っていた。

だから、今回の発言は少し驚きだった。西村氏がこれまでの主張から一歩踏み込んだ印象を受けたのだ。番組を盛り上げるためなのか、あるいは中国や北朝鮮を牽制するための計算ずくのハッタリなのか、しばらく真意がつかめなかった。ハッキリしているのは、これまでの擁護論が無効になったということだ。

だが、よく考えてみると、誰かが核を推進する側に立たなければ、核武装の議論にはならない。信念からであろうが、ディベート上の役割であろうが、議論のためには誰かそういう人が必要である。そうすると、核武装を議論することを肯定するならば、核武装論を主張することも肯定しなくてはならないはずだ。

中国・北朝鮮の脅威は現実である。潜在的なものなどではない。大事なことは、この現実を見つめ、議論を始めることである。西村議員とて、何が何でもこの議論に勝って、日本を核武装しようというつもりはないだろう。むしろ反論や代案を大いに期待しているに違いない。それが「核武装を議論すべき」の真意ではあるまいか。

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自衛隊は軍隊か

今朝のテレビで、新防衛大綱が決定されたことを取り上げていたのを、たまたま見ていた。あるコメンテーターが「名前は自衛隊でも、他の国から見れば軍隊」というようなことを言っていた。別に目新しい見解でもないし、当該ニュースにたいするコメントとしてはピント外れであったが、別にそのコメントをけなすつもりもない。生放送だし、本人もよく考えずに何か言えそうなことを言っただけだろう。よって発言の意図は判りかねる。だが、自衛隊を非難したい人たちがこの言い回しをよく用いることも確かだ。実質的に軍隊なのに「自衛隊」と名乗ることが気にくわないらしい。それなら「国防軍」といったような名称に変更するなら賛成するか、というとそれも怪しい。今度は「アジア諸国を刺激する」とか言い出すのだろう。

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他に人物はいなかったのか

来月から新しい紙幣が発行される。新札の肖像画の顔ぶれが発表されたのは随分と前のことだから、今さら蒸し返すのもどうかとは思うが、やはり言わずにはいられない。一体誰が樋口一葉を選んだのだろうか。確かに山川の日本史B用語集によればどの教科書にも載っていることになってはいる。しかし、文学史的にも夏目漱石の代わりに取り上げるほどの価値があるとは思えない。女性を選べばいいってものではないというのは、今の法務大臣を見ても分かるだろう。

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