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なぜ生徒殺害にまで至れるのか

塾講師が女子生徒を刺殺するという事件が起きた。まず塾で殺人が起きたということに驚いた。講師が生徒に接する時間が比較的少なく、塾が生徒をやめさせることも生徒が塾をやめることも比較的自由といった環境では、講師がそこまで生徒を憎むに至ることは、本来考えにくいことである。

仮に殺意が芽生えるようなことがあったとしても、この何週間というもの、実行を考え直す機会はいくらでもあったろう。少し前には高校生が同級生の女子を殺害した事件、最近では小学生が相次いで殺されるという事件が起き、親親類の悲しみや、加害者に対する非難の声だって、この大学生の知るところとなったはずである。それでも犯行に及ぶとはどういうことなのか、ただただ理解に苦しむ。

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英語指導者の発音について

先頃自伝を発表した、曽我ひとみさんの夫ジェンキンス氏だが、地元佐渡の小学校で英語の指導をしたということも報じられた。佐渡でネイティヴ・スピーカーの英語に接する機会が全くないとは思わないが、東京より珍しいことは確かだろう。児童らにとって良い経験になったものと思いたい。

ただ、ジェンキンス氏の英語の発音がどうなのか、というのは気になるところであろう。米国南部(ノースカロライナ州)の出身であるだけでなく、半世紀も祖国を離れており、その間海外の放送を聴取することもままならなかったからである。

しかし、どれだけジェンキンス氏の発音が悪かったとしても、それを反復練習して完全に真似てしまう児童はいないはずである。また実際の指導も、児童の発音を聞いて、ネイティヴに通じにくい発音を修正させるにとどまったろう。何も心配することはないのである。

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杉並区が「つくる会」の教科書を採用

杉並区で扶桑社の歴史教科書が採択されることが決定した。残念ながら公民は採択されなかったが、歴史の方だけでも大きな前進である。具体的に何が決め手になったのかは分からないが、次のような変化が起きていることは確かだ。

まず、これまでの歴史教科書が、「自虐的」と言われるほどに日本を悪者として描いている、という認識がだんだんと広まってきたことである。いわゆる「南京大虐殺」はその規模が疑問視されているし、日本の朝鮮統治時代のことでも、事実と異なる記述があることが知られてきている。

次に、「左翼団体」と呼んでもいいくらいの集団を、「市民団体」としてマスメディアが取り上げていたことが知られるようになったことである。もちろん市民団体もさまざまだが、少し調べれば色分けのできるものは、きちんと伝えることが求められるであろう。危険な団体を意図的に無害と思わせるのは犯罪的ですらある。

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大洗町の中学生のために寄付を

今日のニュースではないのだが、茨城県の大洗町が、地区協議会で採用されなかった扶桑社の歴史教科書を、独自予算で購入する方針だということだ。扶桑社の教科書は副教材扱いとなるらしい。

きっと反日団体・左翼団体から嫌がらせがあるに違いない。一方で、支持する声も多数届いていることだろう。できうるならば、メッセージだけでなく、寄付を募ってその費用を出してあげたいものである。どこかでもう始めているだろうか。

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朝日新聞は大学入試に役立つか

朝日新聞が、紙面からの大学入試問題出題数が多いことを売りにするCMを始めていたことを知った。そういうことは前々から宣伝していたが、テレビのコマーシャルで見たのは初めてのような気がする。

結論から言えば、受験の役に立つことはないだろう。そもそも、出題されるコラムをたまたま読んだことがあったとしても、入試までには忘れてしまうため、何ら他の受験生より有利になることはない。もちろんそれは朝日新聞に限らず、どの新聞でも同じことである。

ただ、出題されたものに関しては、それなりに適当な内容があることは否定しない。多くの中から試験に相応しいものを選んだに違いないからである。であれば、既に選ばれた素材、すなわち「過去問」に取り組む方が、はるかに国語の勉強として適当であるはずだ。子を思う親の気持ちも分からないではないが、この程度のことで新聞を変える必要は全くない。

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加害者を異常と呼んで済む問題ではない

高知の明徳義塾高校で、男子生徒が同級生を刺すという事件が起きた。例によって学校側は認識していなかったかも知れないが、原因はいじめだろう。殺意を抱き、かつ実行に移すくらいだから、軽度だとしても執拗な嫌がらせがあったに違いない。

冗談でも人をからかえば、両者の間には緊張が生じる。しかし、そこで相手に謝ったり、文句の一つでも言わせたり、適当な仕返しを許容したりすれば、緊張が緩和し関係を元通りにすることができる。いじめにおいては、必ずしも関係が修復されるわけではないが、やはりどこかで過度な緊張は避けるものである。

だが、この世代では、そういったバランス感覚が欠如しているのではないか。実際、いじめていて歯止めがきかなくなる、ということも聞かないではない。そうして人を一方的にからかって、緊張を残したままにしてしまう傾向があるように思う。もしそうならば、このような事件が昔より頻繁に起きることの説明もできよう。

ナイフで刺すというのは、いじめの仕返しとしては過剰なことは確かだ。だが、動機は単純なものであるのだから、加害者生徒のささいな異常性を取り上げて答とするのは安易すぎる。むしろ、この世代の人間関係の作り方に焦点を当てた分析を拝聴したいものだ。

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いじめの仕返しは予見できるか

山口の県立高校で生徒が爆発物を投げ、多くの怪我人が出た。いじめが原因では、という見方もあるようで、この高校で開かれた臨時の保護者会でも、「兆候が分からなかったのか」という質問があったという。

これは、いじめを苦に自殺するようなケースならば、なおのこと問われることである。毎日我が子を見、話をする立場にあったのに、予見ができたはずと学校や教師を訴える親などは論外だが、今回のケースでも学校の管理責任を問うのは無理がある。

仮に今回の事件はいじめが原因だとしよう。その場合、仕返しを一番予見し易い立場にあるのは、いじめた側の生徒であるはずだ。いじめを受ける生徒の反応を最も良く観察しているのは、彼らだからである。その生徒たちですら気付くことができなかった兆候に、教師が気が付くわけがない。予見の可能性を問題にするならば、このようなことを考慮すべきである。

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若者に注意できない大人たち 2

なぜ今の大人は若者に注意できないか。それは、その若者の容姿や言葉遣いから、コミュニケーションの不可能性を感じ取るからである。つまり、話せば分かる、という印象を受けることができないからだ。

話せば分かる、というのは、互いが同じ文化を共有して初めて成り立つのである。同じ文化を持っているならば、みんなが共有している決まりごとに気付かせる、思い出させるだけで、不作法をやめさせることが可能となる。少なくとも、そのような期待をもつことができれば、注意してみようという気になるだろう。

ところが、今の大人は自分たちの文化を、自信をもって子供達に教えてこなかった。「押しつけはよくない」と言われると、ますますためらった。そうして、今の若者は、前の世代の文化とは大きく違った文化を持つにいたったのだ。

教育というものは、文化と文化との闘いであるとも言える。親が子に何かを教えることは、美しいようでいて、実は大人の文化が子供の文化を屈服させることに他ならない。それが教育の普遍的な形である。例え双方にその自覚がなくとも。

これは子供にとっては敗北の連続ではあるのだが、親への信頼ゆえに、または自分が未熟であるとの自覚のゆえに受け入れるのである。しかし、この「敗北」の経験が不十分な若者たちは、「異文化」からの注意を素直に受け入れることができるかどうか。それは残念ながら疑わしい。

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若者に注意できない大人たち

昨日の「TVタックル」では社会のルールを守らない若者を取り上げていた。その中で福岡政行氏が、マナーの悪い若者を目にしても「一人では注意しない」と言い出した。

ほとんどの視聴者も福岡氏と似たり寄ったりで、一人で注意することはほとんどあるまいから、その点については誰も責めないだろう。だが、その理由を「オヤジ狩りに遭うかも知れないから」と語ってしまうところには違和感を覚えたに違いない。

バラエティー番組でもあるし、おどけて言っているのならそれでもいいだろう。すかさず「というのは冗談ですが」と入れて、もっともらしい理由を続けるのならば、そこで緊張が緩和されただろう。だが、福岡氏にとってはそれが本音だったようで、視聴者の違和感は解消されないままになってしまった。今日は放送を観た学生たちから、何と言われていることだろうか。

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扶桑社教科書に反発する朝日新聞

朝日新聞が社説で扶桑社の教科書について触れた。何か吹っ切れたのだろうか、一段高いところから教えを垂れると言うよりは、まるで争いの当事者のように噛みついている。勢い余って、反天皇の立場を打ち出してしまったことは、なかなか興味深い。これはこれで、いつか問題になってほしいものだ。

朝日にしてみれば、「光と影のある近現代史を日本に都合よく見ようとする歴史観が貫かれていること」が問題らしい。だが、それならば、自社サイトの朝日新聞社のあゆみはどうか。この社史のいったいどこに影があるというのか。中国からの要らぬ干渉を招いた教科書書き換え誤報事件はもとより、社長が引責辞任した「サンゴ事件」にさえ言及がない。

それだけのスペースがない、これは略史にすぎない、という言い訳もあろう。それも一理ある。だが、その言い訳を通すつもりならば、同じく限られた条件にある中学校の教科書にも適用させるべきではないか。これこれの史実は中学ではなく高校段階で教える、という判断はあってしかるべきだ。もちろん、その取捨選択については大いに議論してよい。朝日も、中学生の段階で「ひめゆり部隊や集団自決などの悲劇」を教えなくてはならない理由を説明する必要がある。

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