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肩透かし

ローマは、聖ピオ十世会との和解についての議題を話し合うのを、3月下旬へ延期したようである。好意的であるにせよないにせよ、何らかの判断が下されれば、論評のしようがあるが、今回はどうすることもできない。私は噂に振り回されてもいろいろと情報を集めたいが、聖ピオ十世側からの声明が出るまで待てるという人には、Tradlist の購読を奨めたい。

シスター・ルシアの命日に

シスター・ルシアが帰天して1年となる今日、教皇ベネディクト16世が、教皇庁の枢機卿を召集する。そこで聖ピオ十世会との和解が重要議題として話し合われる、と海外のカトリックメディアは推測している。また、ブログや掲示板やメーリングリストでも、その動向が注目されている。

聖ピオ十世会はこれまで、故ルフェーブル大司教を含む司教たちに対する1988年の破門通告が、教会法に照らして無効であること、トリエント・ミサを捧げる権利がどの司祭にもあることの2点を公にすることを聖座に求めてきた。今さらここで急な進展を見せるとは思えないが、教皇自らがこの問題に取り組む姿勢を見せていることは注目に値する。とにかく、憶測よりも正式な発表を待ちたい。

季節はずれの栄光

今日の主日から典礼暦は七旬節である。カトリック教会のミサでは、これより四旬節が終わるまで栄光誦 Gloria が歌われなくなる。しかし、教会の外では、多くの合唱団がこの時期にコンサートを予定し、演奏曲目としてミサ曲を取り上げ、栄光誦を含めた各曲の練習に励んでいることだろう。日本ではキリスト教が普及していないので、そういったことも仕方ないとは思う。

では、キリスト教国の合唱団がどのような対応をしているのかと言えば、私も詳しくは知らないが、おそらくキリストの受難を題材にした曲を選んでいるものと想像する。ちなみに、死者のためのミサ曲(レクイエム)であれば、もとより栄光誦は省かれているので先ほどのような問題はない。

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堅振の秘跡の有効性について

今日は私の霊名の聖人、聖ドン・ボスコの祝日である。しかし、私の周りの信徒でもこれが私の霊名であることを知ってる人はほとんどいない。なぜなら、これは堅振名であるからだ。普段は洗礼名だけで通しているし、メール等に併記したこともない。もちろん聖ドン・ボスコは尊敬する聖人であり、この堅振名を大事にしていないわけではないが、これを使うのは少し抵抗がある。実はこの時の堅振は条件付きだったので、この霊名を公に用いるべきかどうかはあまり自信がないのだ。

条件付きの堅振については、説明する必要があるだろう。洗礼や堅振の秘跡は、一生に一度だけしか受けることができない。だが、ある信徒が以前堅振の秘跡を授かったものの、諸々の状況から考えてその有効性に疑いがあったとしよう。堅振は霊魂の救いに必要な秘跡であるから、無効である場合にはこれを授ける必要があるが、有効である場合には秘跡を授けるわけにはいかない。いかに優れた司祭でも外見から判断できるわけではないから、「もしも前の秘跡が無効であれば」という条件をつけて堅振の秘跡を執行するのである。

なぜ私の「最初の」堅振の有効性に疑いがあるのかと言うと、第二ヴァティカン公会議の後、時の教皇パウロ6世が各秘跡の式次第を改定したのだが、中でも堅振の形相は大きく変わり、質料である聖香油の材料についても幾分緩和されたからである。断定は避けなければならないが、新しい式次第で堅振の秘跡を受けたカトリック信徒は、もしかするとそれが有効でなかった疑いがある。

私は幸いにして、従来の式次第に従って条件付き堅振を受けることができたので、今は有効に秘跡を受けているという確信がある。ただし、最初から堅振が有効であった可能性もなくはないので、新しい堅振名を使うのを躊躇せざるを得ないのである。

P.S. 今はこの秘跡を「堅信」と呼ぶが、伝統的には「堅振」である。前者の方が意味が判りやすいが、漢文素読の伝統が生きていた時代の人たちが作り出した訳語は捨てがたい。

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またも聖アントニウスに感謝

古いトラベラーズチェックを出そうとしたら、あると思っていたところにはなかった。結構な額になるので、なくしてしまうとかなりの損失になる。周辺をさがしていてもなかなか出てこない。そのうち部屋のあちこちを探したので、そのうちに疲れてしまった。

そのとき、聖アントニウスのことを思い出し、そのありかへと導いてくれるよう短い祈りをし、捜索を再開した。すぐに、というわけではなかったが、それでも一時間経つか経たないかのうちにふと、一度は調べたはずの旅行資料のバインダーをまた引っぱり出そうという気になった。入れておいた覚えはないのだが、念のためよくよく調べてみると、その中に見つかったのである。

またもや聖アントニウスが危機から救ってくれたようである。聖人にはもちろん感謝した。思えば、あるスイス人から聖アントニウスのカードを貰ったのが、この恵みをいただけるようになったきっかけかも知れない。

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納得できない著者の姿勢

かつて上智大学神学講座の夏期講座でテキストとして使われた、聖書学者レイモンド・ブラウン神父の『旅する教会―使徒たちが遺した共同体』(ドン・ボスコ社)を読み返している。当時は聖書に関する知識がほとんどなく(それでよくこんな講座に参加しようと思ったものだ)、よく理解できないないながらも、著者の視点がユニークで面白い本だという印象が残っていた。

あれから数年経って予備知識も増したが、今読んでみてどうかと言うと、あちこちで違和感を覚えるばかりで困惑している。一応、エキュメニカルな観点から書かれた本だということは承知していた。だが、それでもカトリックなりの主張というものがあるだろうに、このブラウン神父はそれを半ば放棄しているかのようだ。

なるほど現代の聖書研究というものは進んでいて、カトリックとは異なる見解が定説になっているのかも知れない。しかし、初代教父たちの証言によって確かめられている聖伝を、批判的に検証した上でのものなのだろうか。岩下壮一師の『カトリックの信仰』や、リッチョッティ師の『キリスト伝』には、そのような研究に対する反論が書き記されているが、それらを読んだ後では、ブラウン神父のスタンスはどうも納得しがたい。

related page(s) 聖書 岩下壮一

TAN Books その後

「その後」とは言っても、その前を知らない人には通じない話なのだが、今年の5月ごろ、TAN Books というカトリック出版社のニュースレターで、会社が破産の危機に瀕しているということを知り、あわてて身の回りの人に周知したことがあった。このサイトでも言及した。

今日、たまたま TAN Books のある出版物の話題になり、そこから例の話の続きはどうしたのかと聞かれた。結論から言えば、会社は今でも存続している。お買い得品情報も毎月メールで送られてくる。

しかしながら、私は続報を伝えていなかった。というのも、これまでのニュースレターに、経営状態への言及がなかったからである。いや、なかったとは断言できない。見落としという可能性がなきにしもあらずだ。そう思って、もう一度過去のメールに検索をかけてみた。

すると、未読のメールが一通見つかった。差出人がいつもの会社名ではなく社長の名前になっていたので、別のフォルダに分類されていたのだ。内容は、みなさんの協力でいつも以上の売上げがあった、まだまだ予断を許さないがとにかく感謝している、といったものであった。

これで一安心といったところなのだが、実は大変なオチがついていた。このメールの日付は、最初に窮状を訴えた、たった一週間後のものだったのである。ずいぶんと長いこと余計な心配をしていたものである。

一足早いサンタクロース

来年度の手帳を作るため、今からでもできることをやっておこうと、今年度のファイルを引っぱり出してレイアウトの調整などを始めた。その作業が大体終わった頃、来年度の典礼歴カレンダーの資料がメールで届いた。何と良いタイミングだろうと思っていたのだが、よく考えてみると、送り主が4日前の日記を読んだ可能性もある。「サンタクロース」が欲しい物をくれたようなもので、必ずしも偶然とは言えない。それでも、有り難いことには違いない。


来年度の手帳

来年度の手帳製本のリクエストがあった。昨年、旧典礼暦の手帳を試作して配ったのだが、また今年も作ってほしいのだそうだ。中綴じで見開き2週間の簡単なものだから、さすがにメインの手帳としては使うことを期待してはいなかった。だが、そうでもないらしい。

必要とあれば作ろうとは思う。ただ、問題は、ORDO と呼ばれる典礼カレンダーの2006年度版がいつ出るかである。移動祝祭日などは決まっているものの、四季の斎日などはどのようにして決まっているのかまだ理解できない部分がある。だから、出来上がった ORDO を手にして初めて原稿を完成させられる。

印刷作業にかかるのはその後で、製本はそのまた後である。クリスマスまでには間に合うだろうが、市販の手帳が既に出ているだけに、早く欲しいとせかされている。

荘厳ミサが終わって

聖ピオ十世会総長ベルナルド・フェレー司教司式による荘厳ミサが行われた。何と前々日に荘厳ミサ用侍者マニュアルが届き、しかも役割の変更を知らされる、という条件で望んだ。何度かうろたえることはあったが、まあ無事に役割を果たすことができたと思う。

それにしても、この日のために地方からやって来たという人を差し引いても、これだけの信徒が今までどこにいたのか、と思うほどの大入りだった。果たして来月も来るのか、少し心配ではある。