座り込みレポート

知的生活の模倣北朝鮮拉致問題座り込みレポート

Webmaster's Note

2005年6月24日から3日間、小泉首相に北朝鮮への経済制裁を求める座り込みに参加してきた。以下のレポートを書くに当たってメモは取っていないため、取りこぼしが多々あること、思い出したことを整理して並べただけで、必ずしも時系列ではないことを、あらかじめお断わりしておく。

2005/06/24 Day 1

座り込み開始時刻の20分前には着いたと思うが、すでに報道陣でごった返していた。座り込み開始前の、記者会見のようなものが開かれていたのだ。話している人の姿は見えないが、声はスピーカーを通じて聞こえてきた。

その後、座り込みが始まるということで、移動を始め、空いているスペースに入れてもらった。そして午前10時に座り込み開始。とは言うものの、座り込んでいるのは支援者の方で、家族会・救う会のメンバーは、首相官邸へ向けて小泉首相への訴えを行っていた。拉致議連の議員も、次々とマイクを手にしては総理に訴えかけ、座り込みの列を激励して去っていった。

そのうち、民主党の岡田代表が挨拶に来たとのアナウンスに、一同唖然。しばらくすると、歩くより遅いくらいの速さでカメラマンを含む数名が近づいてきた。ローアングルで座り込みの列を撮影するカメラが何度も行き来していたので、またかと思って余り気に留めてなかったが、実は岡田代表が、座り込む人たちに握手をしながら近づいていたのだ。彼の姿を確認したのは、2メートルくらい先のところ。本当だったら握手などしたくないのだが、カメラも回っているし、どう拒否するか考えている暇もないしで、やむなく応じた。屈辱の瞬間。せめてもの抵抗として、ほとんど握り返さず、目も合わせなかったが、悔しさは残る。

民主党の白眞勲議員も目の前を笑顔で通って行った。帰化申請して正式に日本人となったのだからとやかく言いたくないが、外国人参政権を推進するなど、韓国の回し者、でなければ韓国の族議員としか言いようがない。思えば昨年の参議院選のとき、有楽町マリオン前で、自分は韓国語ができるから拉致問題を解決できると豪語したものの、あれから拉致議連に所属したとか、拉致関連の集会に参加したとかいう話を聞いたことがない。このような議員は無視するに限る。

自民党の山谷えり子議員あたりだと、国民集会の常連でもあるので、支援者の反応がいい。やはり普段から拉致問題に取り組んでるか否かで、こういう時の反応に差が出てくる。地方出身で知名度がなかったり、顔の知られていない議員がとばっちりを受けることもあるだろうけれども。

アピールが終わると、午後2時までは純然たる座り込みとなるが、テレビカメラが我々のいる列を舐めるように撮るので、あまりリラックスするわけにはいかなかった。また、一般人も通るので、メッセージの入ったチラシを、なるべく掲げるようにしていた。

その中にはテレビ朝日やTBSの取材陣もいたが、「ちゃんと放送するのか」と冷ややかな反応。持参していた新聞のテレビ欄を見ると、昼のワイドショーでは座り込みを取り上げることになっているが、報道ステーションもニュース23も4〜5行もある見出しの中に「座り込み」を含めていない。書いてないからと言って取り上げないとは限らないが、報道姿勢が疑われても仕方があるまい。ちなみにフジテレビのニュースJAPANは1行しかない見出しを座り込みに当てていた。

午後2時からはまたアピールを開始して、シュプレヒコールで締めくくり、1日目は終わった。

2005/06/25 Day 2

2日目は1日目と違って、午後1時からの開始だった。出かける前、横田夫妻をスタジオに呼んだフジテレビの番組を観ていたら、座り込みの様子を伝える映像の中に、自分の姿を3回も見つけてしまった。うっかり家族会に近い位置に座るものではない。と言うわけで、今日は数十メートルほど後方に陣取った。とは言うものの、1日目で絵を撮ってしまったせいか、2日目の今日は報道陣が少なかったわけだが。

座っているところは、始まる時刻までには日陰に入ってしまっていたので、昨日よりは暑さをしのげた。そのうちに座り込みが始まった。座り込み中、西村眞悟議員の激励を受けた。また、インターネットでハンドル名だけ知っている人数名に出会うこともできた。

途中、座り込みに来たあるオバサンが、帰国者たちがこの運動に携わらないのが気に入らない、と言い出した。とんでもない発言である。彼らは若くして北朝鮮に拉致され、長い年月の末にやっと日本に帰ってきて、失われた時を取り戻そうとしているのが分からないのだろうか。

家族会の取り組みは、人生の後半をただ肉親を取り戻すだけに費やして、なお報われないかもしれない過酷なものだ。このオバサンは、家族を失った苦しみに対しては人並みの同情はできても、人生を棒に振るほどの活動をせざるを得ない悲惨さについては気が付かないらしい。まさか支援に来ている人の中にこんなことを言う人がいるとは想像だにしなかった。

2005/06/25 Day 3

前日、アメリカ大使館の車が来て、家族会に差し入れを置いていったという美談がネット上で流れた。今日は、たまたま突っ立っていた私のもとに、タクシーの運転手からペットボトルの差し入れがあった。また、家族会への差し入れのお裾分けも回ってきた。家族会を支援しているのは、座り込みをしている自分たちだけではない、ということを感じた。

前半のアピールは既に終わっているのに、トイレから戻ってくると、なぜかマイクパフォーマンスが始まっていた。半島系サラ金企業への批判を交えて、政府の対応を批判している。声も内容も何だか青臭い。どこかの青年がマイクを奪ったのかと思ったが、特に妨げられることなく最後まで訴えた。すると、声の主は拉致議連の原口議員だとのこと。それで全てが理解できた。

座り込みの後は星陵会館に移動して集会。有本さんが、マスコミから冷たくあしらわれた経験を涙ながらに語った。このマスコミ批判は集まった人の共感を呼び、しばらく騒ぎが止まらなかった。また、かつて万景峰号が新潟に入港したとき、反対者たちは立ち入り制限を受けただけでなく、係員から「朝鮮総連の許可はあるのか」とまで言われたことが明かされた。

増元氏の話では、今後も毎月24日には何かしらの行動を起こして行きたいとのこと。前日にも、地方で行われるイベントのときには、その地の知り合いに連絡して欲しいと言っていた。頼れる親族・友人・知人は全て頼ってしまった家族会にしてみれば、支援者の人脈が頼りである。私も自分の周りから支援の輪を広げなくてはと思った。


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